烏を透かして、まあ。――画《え》に描いた太陽《おひさま》の夢を見たんだろう。何だか謎のような事を言ってるわね。――さあさあ、お寝室《ねま》ごしらえをしておきましょう。(もとに立戻りて、また薄《すすき》の中より、このたびは一領の天幕《テント》を引出し、卓子《テェブル》を蔽《おお》うて建廻す。三羽の烏、左右よりこれを手伝う。天幕の裡《うち》は、見ぶつ席より見えざるあつらえ。)お楽《たのし》みだわね。(天幕を背後《うしろ》にして正面に立つ。三羽の烏、その両方に彳《たたず》む。)
 もう、すっかり日が暮れた。(時に、はじめてフト自分の他《ほか》に、烏の姿ありて立てるに心付く。されどおのが目を怪《あやし》む風情。少しずつ、あちこち歩行《ある》く。歩行くに連れて、烏の形動き絡《まと》うを見て、次第に疑惑《うたがい》を増し、手を挙ぐれば、烏等も同じく挙げ、袖を振動かせば、斉《ひと》しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞《しゃが》めば踞むを透《すか》し視《なが》めて、今はしも激しく恐怖し、慌《あわただ》しく駈出《かけいだ》す。)
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帽子を目深《まぶか》に、オーバーコートの鼠色なるを被《き》、太き洋杖《ステッキ》を持てる老紳士、憂鬱《ゆううつ》なる重き態度にて登場。
初《はじめ》の烏ハタと行当る。驚いて身を開く。紳士その袖を捉《とら》う。初の烏、遁《のが》れんとして威《おど》す真似して、かあかあ、と烏の声をなす。泣くがごとき女の声なり。
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紳士 こりゃ、地獄の門を背負《しょ》って、空を飛ぶ真似をするか。(掴《つかみ》ひしぐがごとくにして突離す。初の烏、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と地に座《ざ》す。三羽の烏はわざとらしく吃驚《きっきょう》の身振《みぶり》をなす。)地を這《は》う烏は、鳴く声が違うじゃろう。うむ、どうじゃ。地を這う烏は何と鳴くか。
初の烏 御免なさいまし、どうぞ、御免なさいまし。
紳士 ははあ、御免なさいましと鳴くか。(繰返して)御免なさいましと鳴くじゃな。
初の烏 はい。
紳士 うむ、(重く頷《うなず》く)聞えた。とにかく、汝《きさま》の声は聞えた。――こりゃ、俺の声が分るか。
初の烏 ええ。
紳士 俺の声が分るかと云うんじゃ。
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