桃色の窓懸《まどかけ》を半ば絞った玄関|傍《わき》の応接所から、金々として綺羅《きら》びやかな飾附の、呼鈴《よびりん》、巻莨入《まきたばこいれ》、灰皿、額縁などが洩《も》れて見える――あたかもその前にわざと鄙《ひな》めいた誂《あつらえ》で。
 日車《ひぐるま》は莟《つぼみ》を持っていまだ咲かず、牡丹《ぼたん》は既に散果てたが、姫芥子《ひめげし》の真紅《まっか》の花は、ちらちらと咲いて、姫がものを言う唇のように、芝生から畠を劃《かぎ》って一面に咲いていた三色菫《さんしきすみれ》の、紫と、白と、紅《くれない》が、勇美子のその衣紋《えもん》と、その衣《きぬ》との姿に似て綺麗である。
「どうして、」
 体は大《おおき》いが、小児《こども》のように飛着いて纏《まつ》わる猟犬のあたまを抑《おさ》えた時、傍目《わきめ》も触《ふ》らないで玄関の方へ一文字に行《ゆ》こうとする滝太郎を見着けた。
「おや、」
 同時に少年も振返って、それと見ると、芝生を横截《よこぎ》って、つかつかと間近に寄って、
「ちょいとちょいと、今日はね、うんと礼を言わすんだ、拝んで可《い》いな。」と莞爾々々《にこにこ》しながら、勢《いきおい》よく、棒を突出したようなものいいで、係構《かけかまい》なしに、何か嬉しそう。
 言葉つきなら、仕打なら、人の息女とも思わぬを、これがまた気に懸けるような娘でないから、そのまま重たげに猟犬の頭《かしら》を後《うしろ》に押遣《おしや》り、顔を見て笑って、
「何?」
「何だって、大変だ、活《い》きてるんだからね。お姫様なんざあ学者の先生だけれども、こいつあ分らない。」と件《くだん》の手巾《ハンケチ》の包を目の前へ撮《つま》んでぶら下げた。その泥が染《にじ》んでいる純白《まっしろ》なのを見て、傾いて、
「何です。」
「見ると驚くぜ、吃驚《びっくり》すらあ、草だね、こりゃ草なんだけれど活きてるよ。」
「は、それは活きていましょうとも。草でも樹でも花でも、皆《みんな》活きてるではありませんか。」という時、姫芥子の花は心ありげに袂《たもと》に触れて閃《ひらめ》いた。が、滝太郎は拗《す》ねたような顔色《かおつき》で、
「また始めたい、理窟をいったってはじまらねえ。可いからまあ難有《ありがと》うと、そういってみねえな、よ、厭《いや》なら止《よ》せ。」
「乱暴ねえ、」
「そっちアまた強情だな、可
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