れは雀部《ささべ》多磨太といって、警部長なにがし氏の令息で、島野とは心合《こころあい》の朋友である。
箱を差したように両人気はしっくり合ってるけれども、その為人《ひととなり》は大いに違って、島野は、すべて、コスメチック、香水、巻莨《シガレット》、洋杖《ステッキ》、護謨靴《ゴムぐつ》という才子肌。多磨太は白薩摩《しろさつま》のやや汚れたるを裾短《すそみじか》に着て、紺染の兵児帯《へこおび》を前下りの堅結《かたむすび》、両方|腕捲《うでまくり》をした上に、裳《もすそ》を撮上《つまみあ》げた豪傑造り。五分刈にして芋のようにころころと肥えた様子は、西郷の銅像に肖《に》て、そして形《なり》の低い、年紀《とし》は二十三。まだ尋常中学を卒業しないが、試験なんぞをあえて意とするような吝《けち》なのではない。
島野を引張《ひっぱ》り着けて、自分もその意気な格子戸を後《うしろ》に五六歩。
「見たか。」
島野は瘠《やせ》ぎすで体も細く、釣棹《つりざお》という姿で洋杖《ステッキ》を振った。
「見た、何さ、ありゃ。門札の傍《わき》へ、白で丸い輪を書いたのは。」
「井戸でない。」
「へえ。」
「飲用水の印ではない、何じゃ、あれじゃ。その、色事の看板目印というやつじゃ。まだ方々にあるわい。試みに四五軒見しょう、一所に来う、歩きながら話そうで。まずの、」
才子と豪傑は、鼠のセル地と白薩摩で小路の黄昏《たそがれ》の色に交《まじ》り、くっ着いて、並んで歩く。
ここに注意すべきは多磨太が穿物《はきもの》である。いかに辺幅を修せずといって、いやしくも警部長の令息で、知事の君の縁者、勇美子には再従兄《またいとこ》に当る、紳士島野氏の道伴《みちづれ》で、護謨靴と歩を揃えながら、何たる事! 藁草履《わらぞうり》の擦切れたので、埃《ほこり》をはたはた。
歩きながら袂を探って、手帳と、袂草《たもとくそ》と一所くたに掴《つか》み出した。
「これ見い、」
紳士は軽く目を注いで、
「白墨かい。」
「はははは、白墨じゃが、何と、」
「それで、」と言懸けて、衣兜《かくし》に堆《うずだか》く、挟んでおく、手巾《ハンケチ》の白いので口の辺《あたり》をちょいと拭《ふ》いた。
「うむ、おりゃ、近頃博愛主義になってな、同好の士には皆《みんな》見せてやる事にした。あえてこの慰《なぐさみ》を独擅《どくせん》にせんのじゃで、到
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