お持合せ」は底本では「お待合せ」]のお煙管なり、お簪《かんざし》なり、これへ出してお験《ため》しなさいまし、目の前で銀にしてお慰《なぐさみ》に見せましょう、御遠慮には及びません。」
 といってちょいと句切り、煙管を手にして、莨《たばこ》を捻《ひね》りながら、動静を伺って、
「さあさあ、誰方《どなた》でもどうでござんす。」
 若い同士耳打をするのがあり、尻を突《つつ》いて促すのがあり、中には耳を引張《ひっぱ》るのがある。止せ、と退《しさ》る、遣着《やッつ》けろ、と出る、ざまあ見ろ、と笑うやら、痛え、といって身悶《みもだ》えするやら、一斉に皆うようよ。有触れた銀流し、汚い親仁《おやじ》なら何事もあるまい、いずれ器量が操る木偶《でく》であろう。
「姉《ねえ》や。」
 この時、人の背後《うしろ》から呼んだ、しかしこれは、前に黄な声を発して雀海中に入《い》ってを云々《うんぬん》したごとき厭味《いやみ》なものではない。清《すず》しい活溌なものであった。
 婦人《おんな》は屹《きっ》と其方《そなた》を見る、トまた悪怯《わるび》れず呼懸けて、
「姉や、姉や。」
「何でございますか、は、私《わたくし》、」
「指環でも出来るかい。」
「ええ、出来ますとも、何でもお出しなさいましよ。」
「そう、」と極めてその意を得たという調子で、いそいそずッと出て、店前《みせさき》の地《つち》へ伝法に屈《かが》んだのは、滝太郎である。遊好《あそびずき》の若様は時間に関らず、横町で糸を切って、勇美子の頭飾《かみかざり》をどうして取ったか、人知れず掌《たなそこ》に弄《もてあそ》んだ上に、またここへ来てその姿を顕《あらわ》した。
 滝太郎は、さすがに玉のような美しい手を握って、猶予《ためら》わず、売物の銀流の粉《こ》の包、お験しの真鍮板、水入、絹の切などを並べた女の膝の前に真直《まっすぐ》に出した。指環のきらりとするのを差向けて、
「こいつを一つ遣《や》ってくんねえな。」
 立合の手合はもとより、世擦れて、人馴れて、この榎の下を物ともせぬ、弁舌の爽《さわやか》な、見るから下っ腹に毛のない姉御《あねご》も驚いて目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》った。その容貌《ようぼう》、その風采《ふうさい》、指環は紛うべくもない純金であるのに、銀流しを懸けろと言うから。
「これですかい。」
「ちょいと遣って
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