かいてい》であるように考えるらしく、絶望した窮厄の中に縷々《るる》として一脈の霊光を認めたごとく、嬉しげに且つ快げにいって莞爾《かんじ》とした。いまわの際に少年は、刻下無意識になった恋人に対して、為《ため》に生命を致すその報酬を求めたのではない。繊弱小心の人の、知死|期《ご》の苦痛の幾分を慰めんとしたのである。
拓は夢に、我は棄てられるのであろうと思った、お雪は自分を見棄てるであろうと思った。少年がその時のその意気、その姿、その風情は、たとい淑徳貞操の現化《げんげ》した女神《にょしん》であっても、なお且つ、一糸|蔽《おお》える者なきその身を抱《いだ》かれて遮ぎり難く見えたから。
五十六
理学士はまた心から、十《とお》の我に百を加えても、なお遥《はる》かにその少年に及ばないことを認めたのである。
たとえば己《おの》が目は盲《し》いたるに、少年の眼《まなこ》は秋の水のごとく、清く澄んで星のごとく輝くのである。我はお雪の供給に活《い》きて、渠《かれ》をして石滝の死地に陥《おちい》らしめたのに、少年はその優しき姿と、斗大の胆をもって、渠を救うために目前荒鷲と戦っている。しかも事の行懸《ゆきがが》りから察し、人の語る処に因れば、この美少年は未見の知己、千破矢滝太郎に相違ない。千破矢は華族だ、今渠が来《きた》れ、共にこの労を慰めんといったのは、すなわちお雪を高家の室となさんという心である。されば少年がその意気と、その容貌《ようぼう》と、風采《ふうさい》と、その品位をもってして誰がこれを諾《うけが》わざるべき。拓が身をもってお雪と地位をかえたとすれば、直ちに我を棄てて渠に愛を移すのは、世に最も公平なことであると思って、満身の血が冷くなった。けれどもあえて数の多量なるものが、愛を購《あがな》い得るのではなかった。お雪は少年が優しく懸けた、肩の手を静かに払って、颯《さっ》と赤らむ顔とともに、声の下で、
「はい、私はあのお邸へ上ります訳には参りませんのでございます。」
恐る恐るいうおもはゆげな状《さま》を、少年は瞻《みまも》りながら、事もなげにいった。
「なぜだ。」
「内に拓さんという方がございます、花を欲しいと存じましたのも、皆《みんな》その人のためなんですから。」と死を極めたものの、かえってかかることを憚《はばか》らず言って差俯向《さしうつむ》く。
少年
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