《べっとう》も、引張凧《ひっぱりだこ》になった艶福家《えんぷくか》島野氏も、女だから手も着けられない。
「留めておやり。道や、」
「ちょいと、串戯《じょうだん》じゃあないよ、お前様方《まえさんがた》はどうしたもんです。これお放し、あれさ、お放しというに、両方とも恐しい力だ。こっちはお嬢様がそれどころじゃあないのだのに、お前さんまでがお気を揉《も》ませ申すんだよ。可《いい》加減におし、あれさ、可いやね、そんなら私が素裸《まッぱだか》になって着物を地《つち》に敷いて、その上へ貴女《あなた》を休ませ申すまでも、お前達の世話にゃあならない、どちらへも休みはしないからそう思っておくれ。」とすっきりいった。両人《ふたり》は左右に分れたが、そのまま左右から、道の袖を捉《つか》まえて、ひしと縋《すが》って泣出したのである。道は弱って手を束《つか》ねてぼんやりとするのを見て、勇美子は早やばらばらと音のする雨も構わず、手を両人《ふたり》の背《せな》にかけて、蔵屋と、鍵屋と、路傍《みちばた》に二軒ならんだのに目を配って、熟《じっ》と見たまい、
「二人とも聞きな、可いことを教えてあげよう、しょッちゅうそんなことをしていては、どちらにも好《い》いことはないよ。こうおし、お前の処のお客は註文のあった食物をお前の処から持運ぶし、お前の処のお客はお前の店から持って行くことにして、そして一月がわりにするの。可いかい、怨《うら》みっこ無しに冥利《みょうり》の可い方が勝つんだよ。」
「おや、お嬢様、それでは客と食物を等分に、代り合っていたします。それでいてお茶代が別にあったり何かすると、どちらが何だか分らないで、怨《うらみ》はいつの間にか忘れてしまいましょう。なるほどその事《こっ》たよ。さあ、二人とも、手を拍《う》ったり。」
「やあ、占めろ。」といって、義作は景気よく手を拍った。女《むすめ》は両人《ふたり》、晴やかな勇美子の面《おもて》を拝んだ。
折柄|荒増《あれまさ》る風に連れて、石滝の森から思いも懸けず、橋の上へ真黒《まっくろ》になって、転《こ》けつ、まろびつ、人礫《ひとつぶて》かと凄《すさま》じい、物の姿。
四十九
あれはと見る間に早や近々《ちかぢか》と人の形。橋の上を流るるごとく驀直《まっしぐら》に、蔵屋へ駆込むと斉《ひと》しく、床几《しょうぎ》の上へ響《ひびき》を打たせて
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