通りへ目に立って、蜘蛛男《くもおとこ》の見世物があった事を思出す。
額《ひたい》の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人《おとな》の二倍、やがて一尺、飯櫃形《いびつなり》の天窓《あたま》にチョン髷《まげ》を載せた、身の丈《たけ》というほどのものはない。頤《あご》から爪先の生えたのが、金ぴかの上下《かみしも》を着た処《ところ》は、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指《おやゆび》で摘《つま》み出しそうな中親仁《ちゅうおやじ》。これが看板で、小屋の正面に、鼠《ねずみ》の嫁入《よめいり》に担《かつ》ぎそうな小さな駕籠《かご》の中に、くたりとなって、ふんふんと鼻息を荒くするごとに、その出額《おでこ》に蚯蚓《みみず》のような横筋を畝《うね》らせながら、きょろきょろと、込合《こみあ》う群集《ぐんじゅ》を視《なが》めて控える……口上言《こうじょういい》がその出番に、
「太夫《たゆう》いの、太夫いの。」と呼ぶと、駕籠の中で、しゃっきりと天窓《あたま》を掉立《ふりた》て、
「唯今《ただいま》、それへ。」
とひねこびれた声を出し、頤《あご》をしゃくって衣紋《えもん》を造る。その身動きに、鼬《いたち》の香《におい》を芬《ぷん》とさせて、ひょこひょこと行《ゆ》く足取《あしどり》が蜘蛛《くも》の巣を渡るようで、大天窓《おおあたま》の頸窪《ぼんのくぼ》に、附木《つけぎ》ほどな腰板が、ちょこなんと見えたのを憶起《おもいおこ》す。
それが舞台へ懸る途端に、ふわふわと幕を落す。その時|木戸《きど》に立った多勢《おおぜい》の方を見向いて、
「うふん。」といって、目を剥《む》いて、脳天から振下《ぶらさが》ったような、紅《あか》い舌をぺろりと出したのを見て、織次は悚然《ぞっ》として、雲の蒸す月の下を家《うち》へ遁帰《にげかえ》った事がある。
人間ではあるまい。鳥か、獣《けもの》か、それともやっぱり土蜘蛛《つちぐも》の類《たぐい》かと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母《おばあ》さんが、
「あれはの、二股坂《ふたまたざか》の庄屋《しょうや》殿じゃ。」といった。
この二股坂と言うのは、山奥で、可怪《あやし》い伝説が少くない。それを越すと隣国への近路《ちかみち》ながら、人界との境《さかい》を隔《へだ》つ、自然のお関所のように土地の人は思うのである。
この辺《あたり》から
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