や》い。今頃はもう二股《ふたまた》を半分越したろう、と小窓に頬杖《ほおづえ》を支《つ》いて嘲笑《あざわら》った。
 縁《えん》の早い、売口《うれくち》の美《い》い別嬪《べっぴん》の画《え》であった。主《ぬし》が帰って間《ま》もない、店の燈許《あかりもと》へ、あの縮緬着物《ちりめんぎもの》を散らかして、扱帯《しごき》も、襟《えり》も引《ひっ》さらげて見ている処《ところ》へ、三度笠《さんどがさ》を横っちょで、てしま茣蓙《ござ》、脚絆穿《きゃはんばき》、草鞋《わらじ》でさっさっと遣《や》って来た、足の高い大男が通りすがりに、じろりと見て、いきなり価《ね》をつけて、ずばりと買って、濡《ぬ》らしちゃならぬと腰づけに、きりりと、上帯《うわおび》を結び添えて、雨の中をすたすたと行方《ゆくえ》知れずよ。……
「分ったか、お婆々《ばば》。」と言った。

       十

 断念《あきら》めかねて、祖母《としより》が何か二ツ三ツ口を利くと、挙句《あげく》の果《はて》が、
「老耄婆《もうろくばばあ》め、帰れ。」
 と言って、ゴトンと閉めた。
 祖母《としより》が、ト目を擦《こす》った帰途《かえりみち》。本を持った織次の手は、氷のように冷めたかった。そこで、小さな懐中《ふところ》へ小口《こぐち》を半分|差込《さしこ》んで、圧《おさ》えるように頤《おとがい》をつけて、悄然《しょんぼり》とすると、辻《つじ》の浪花節《なにわぶし》が語った……
「姫松《ひめまつ》殿がエ。」
 が暗《やみ》から聞える。――織次は、飛脚に買去《かいさ》られたと言う大勢の姉様《あねさん》が、ぶらぶらと甘干《あまぼし》の柿のように、樹の枝に吊下《つりさ》げられて、上《あ》げつ下《お》ろしつ、二股坂《ふたまたざか》で苛《さいな》まれるのを、目のあたりに見るように思った。
 とやっぱり芬《ぷん》とする懐中《ふところ》の物理書が、その途端に、松葉の燻《いぶ》る臭気《におい》がし出した。
 固《もと》より口実、狐が化けた飛脚でのうて、今時《いまどき》町を通るものか。足許《あしもと》を見て買倒《かいたお》した、十倍百倍の儲《もうけ》が惜《おし》さに、貉《むじな》が勝手なことを吐《ほざ》く。引受《ひきう》けたり平吉が。
 で、この平さんが、古本屋の店へ居直って、そして買戻《かいもど》してくれた錦絵《にしきえ》である。
 が、その後
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