れるし、まだまだそればかりでは自分に魔が魅《さ》したようじゃけれども、ここに我身で我身に言訳《いいわけ》が出来るというのは、しきりに婦人《おんな》が不便《ふびん》でならぬ、深山《みやま》の孤家《ひとつや》に白痴《ばか》の伽《とぎ》をして言葉も通ぜず、日を経《ふ》るに従うてものをいうことさえ忘れるような気がするというは何たる事!
殊《こと》に今朝《けさ》も東雲《しののめ》に袂《たもと》を振り切って別れようとすると、お名残惜《なごりお》しや、かような処にこうやって老朽《おいく》ちる身の、再びお目にはかかられまい、いささ小川の水になりとも、どこぞで白桃《しろもも》の花が流れるのをご覧になったら、私の体が谷川に沈んで、ちぎれちぎれになったことと思え、といって悄《しお》れながら、なお深切《しんせつ》に、道はただこの谷川の流れに沿うて行きさえすれば、どれほど遠くても里に出らるる、目の下近く水が躍《おど》って、滝になって落つるのを見たら、人家が近づいたと心を安んずるように、と気をつけて、孤家《ひとつや》の見えなくなった辺《あたり》で、指《ゆびさ》しをしてくれた。
その手と手を取交《とりかわ》すには及ばずとも、傍《そば》につき添《そ》って、朝夕の話対手《はなしあいて》、蕈《きのこ》の汁でご膳《ぜん》を食べたり、私《わし》が榾《ほだ》を焚《た》いて、婦人《おんな》が鍋《なべ》をかけて、私《わし》が木《こ》の実《み》を拾って、婦人《おんな》が皮を剥《む》いて、それから障子《しょうじ》の内と外で、話をしたり、笑ったり、それから谷川で二人して、その時の婦人《おんな》が裸体《はだか》になって私《わし》が背中へ呼吸《いき》が通《かよ》って、微妙《びみょう》な薫《かおり》の花びらに暖《あたたか》に包まれたら、そのまま命が失せてもいい!
滝の水を見るにつけても耐《た》え難《がた》いのはその事であった、いや、冷汗《ひやあせ》が流れますて。
その上、もう気がたるみ、筋《すじ》が弛《ゆる》んで、早《は》や歩行《ある》くのに飽《あ》きが来て、喜ばねばならぬ人家が近づいたのも、たかがよくされて口の臭《くさ》い婆《ばあ》さんに渋茶を振舞《ふるま》われるのが関の山と、里へ入るのも厭《いや》になったから、石の上へ膝《ひざ》を懸《か》けた、ちょうど目の下にある滝じゃった、これがさ、後《のち》に聞くと女夫滝《
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