お月様の影を掬《すく》ひますの。」
 と空を仰いで言つた。蘆の葉の露《つゆ》は輝いたのである。
「月影を……」
「あはゝ、などと言つて、此奴《こいつ》、色男と共稼ぎに汚穢《おわい》取《と》りの稽古《けいこ》で居やがる。」
 と色の黒い小男が笑出《わらいだ》すと、角面《かくづら》の薄化粧した座長、でつぷりした男が、
「月を汲《く》んで何《なん》にするんだ。」
「はあ、暗《やみ》の夜《よ》の用心になあ。」
 此奴《こいつ》は薄馬鹿《うすばか》だと思つたさうである。後《あと》での話だが――些《ちょっ》と狐《きつね》が憑《つ》いて居るとも思つたさうで。……そのいづれにせよ、此の容色《きりょう》なら、肉の白さだけでも、客は引ける。金まうけと、座長の角面はさつそくに思慮《ふんべつ》した。且《か》つ誘拐《いざな》ふに術《て》は要《い》らない。
「分つた/\、えらいよお前《まい》は――暗夜《やみよ》の用心に月の光を掬《すく》つて置くと、笊《ざる》の目から、ざあ/\洩《も》ると、畚《びく》から、ぽた/\流れると、ついでに愛嬌《あいきょう》はこぼれると、な。……此の位世の中に理窟《りくつ》の分つた事はねえ。感心だ。――処《ところ》でな、おい、姉《あね》え。おなじ月影を汲むなら、そんなぢよろ/\水でなしに、潟《かた》へ出て、そら、ほつと霧のかゝつた、あの、其処《そこ》の山ほど大きく汲みな。一所《いっしょ》に来な、連れて行くぜ。」
 女太夫《おんなたゆう》に目くばせしながら、
「俺たちは、その月を見に潟へ出るんだ。――一所に来なよ、御馳走《ごちそう》も、うんとあらあ。」
「ほう、来るか/\、猫よりもおとなしい。いまのまに出世をするぜ、いゝ娘《こ》だ、いゝ娘《こ》だ。」
 と黒い小男が囃《はや》した。
 娘は、もう蘆《あし》を分けて出たのである。露《つゆ》にしつとりと萎《しな》へた姿も、水には濡《ぬ》れて居なかつた。
 すぐ川堤《かわづつみ》を、十歩《とあし》ばかり戻り気味に、下へ、大川《おおかわ》へ下口《おりくち》があつて、船着《ふなつき》に成つて居る。時に三艘《さんぞう》ばかり流《ながれ》に並んで、岸の猫柳に浮いて居た。
(三界万霊《さんがいまんりょう》、諸行無常《しょぎょうむじょう》。)
 鼠《ねずみ》にぼやけた白い旗が、もやひに搦《から》んで、ひよろ/\と漾《ただよ》ふのが見えた。

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