聞《にょぜがもん》という処ですがね。と時に、見附を出て、美佐古《みさご》(鮨屋)はいかがです。」
「いや。」
「これは御挨拶。」
いきな坊主の還俗したのでもないものが、こはだの鮨を売るんだから、ツンとして、愛想のないのに無理はない。
「朝飯《あさ》を済ましたばかりなのよ。」
午後三時半である。ききたまえ。
「そこを見込んで誘いましたよ。」
「私もそうだろうと思ってさ。」
大通りを少しあるくと、向うから、羽織の袖で風呂敷づつみを抱いた、脊のすらりとした櫛巻《くしまき》の女が、もの静《しずか》に来かかって、うつむいて、通過ぎた。
「いい女ね。見ましたか。」
「まったく。」
「しっとりとした、いい容子《ようす》ね、目許《めもと》に恐ろしく情のある、口許の優しい、少し寂しい。」
三人とも振返ると、町並樹の影に、その頸許《えりもと》が白く、肩が窶《やつ》れていた。
かねて、外套氏から聞いた、お藻代の俤《おもかげ》に直面した気がしたのである。
路地うちに、子供たちの太鼓の音が賑《にぎ》わしい。入って見ると、裏道の角に、稲荷神《いなりがみ》の祠《ほこら》があって、幟《のぼり》が立っている
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