。あたかも旧の初午《はつうま》の前日で、まだ人出がない。地口行燈《じぐちあんどん》があちこちに昼の影を浮かせて、飴屋《あめや》、おでん屋の出たのが、再び、気のせいか、談話中の市場を髣髴《ほうふつ》した。
縦通りを真直《まっす》ぐに、中六《なかろく》を突切《つッき》って、左へ――女子学院の塀に添って、あれから、帰宅の途《みち》を、再び中六へ向って、順に引返《ひっかえ》すと、また向うから、容子といい、顔立もおなじような――これは島田髷《しまだ》の娘さんであった――十八九のが行違った。
「そっくりね。」
「気味が悪いようですね。」
と家内も云った。少し遠慮して、間をおいて、三人で斉《ひと》しく振返ると、一脈の紅塵《こうじん》、軽く花片《はなびら》を乗せながら、うしろ姿を送って行く。……その娘も、町の三辻の処で見返った。春|闌《たけなわ》に、番町の桜は、静《しずか》である。
家へ帰って、摩耶夫人《まやぶにん》の影像――これだと速《すみやか》に説教が出来る、先刻《さっき》の、花御堂の、あかちゃんの御母ぎみ――頂餅《いただき》と華をささげたのに、香をたいて、それから記しはじめた。
[#地から1字上げ]昭和六(一九三一)年七月
底本:「泉鏡花集成8」ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年5月23日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集」岩波書店
1942(昭和17)年7月刊行開始
入力:門田裕志
校正:林 幸雄
2001年9月17日公開
2005年9月27日修正
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