めて涼《すゞ》しく、爪紅《つまくれなゐ》なる蟹《かに》の群《むれ》、納涼《すゞみ》の水《みづ》を打《う》つて出《い》づ。やがてさら/\と渡《わた》る山風《やまかぜ》や、月《つき》の影《かげ》に瓜《うり》が踊《をど》る。踊子《をどりこ》は何々《なに/\》ぞ。南瓜《たうなす》、冬瓜《とうがん》、青瓢《あをふくべ》、白瓜《しろうり》、淺瓜《あさうり》、眞桑瓜《まくはうり》。

      九月《くぐわつ》

 殘《のこん》の暑《あつ》さ幾日《いくにち》ぞ、又《また》幾日《いくにち》ぞ。然《しか》も刈萱《かるかや》の蓑《みの》いつしかに露《つゆ》繁《しげ》く、芭蕉《ばせを》に灌《そゝ》ぐ夜半《よは》の雨《あめ》、やがて晴《は》れて雲《くも》白《しろ》く、芙蓉《ふよう》に晝《ひる》の蛬《こほろぎ》鳴《な》く時《とき》、散《ち》るとしもあらず柳《やなぎ》の葉《は》、斜《なゝめ》に簾《すだれ》を驚《おどろ》かせば、夏痩《なつや》せに尚《な》ほ美《うつく》しきが、轉寢《うたゝね》の夢《ゆめ》より覺《さ》めて、裳《もすそ》を曳《ひ》く濡縁《ぬれえん》に、瑠璃《るり》の空《そら》か、二三輪《にさんりん》、朝顏《あさがほ》の小《ちひさ》く淡《あは》く、其《そ》の色《いろ》白《しろ》き人《ひと》の脇《わき》明《あけ》を覗《のぞ》きて、帶《おび》に新涼《しんりやう》の藍《あゐ》を描《ゑが》く。ゆるき扱帶《しごき》も身《み》に入《し》むや、遠《とほ》き山《やま》、近《ちか》き水《みづ》。待人《まちびと》來《きた》れ、初雁《はつかり》の渡《わた》るなり。

      十月《じふぐわつ》

 雲《くも》往《ゆ》き雲《くも》來《きた》り、やがて水《みづ》の如《ごと》く晴《は》れぬ。白雲《しらくも》の行衞《ゆくへ》に紛《まが》ふ、蘆間《あしま》に船《ふね》あり。粟《あは》、蕎麥《そば》の色紙畠《しきしばたけ》、小田《をだ》、棚田《たなだ》、案山子《かゝし》も遠《とほ》く夕越《ゆふご》えて、宵《よひ》暗《くら》きに舷《ふなばた》白《しろ》し。白銀《しろがね》の柄《え》もて汲《く》めりてふ、月《つき》の光《ひかり》を湛《たゝ》ふるかと見《み》れば、冷《つめた》き露《つゆ》の流《なが》るゝ也《なり》。凝《こ》つては薄《うす》き霜《しも》とならむ。見《み》よ、朝凪《あさなぎ》の浦《うら》の渚《なぎさ》、潔《いさぎよ》き素絹《そけん》を敷《し》きて、山姫《やまひめ》の來《きた》り描《ゑが》くを待《ま》つ處《ところ》――枝《えだ》すきたる柳《やなぎ》の中《なか》より、松《まつ》の蔦《つた》の梢《こずゑ》より、染《そ》め出《いだ》す秀嶽《しうがく》の第一峯《だいいつぽう》。其《そ》の山颪《やまおろし》里《さと》に來《きた》れば、色鳥《いろどり》群《む》れて瀧《たき》を渡《わた》る。うつくしきかな、羽《はね》、翼《つばさ》、霧《きり》を拂《はら》つて錦葉《もみぢ》に似《に》たり。

      十一月《じふいちぐわつ》

 青碧《せいへき》澄明《ちようめい》の天《てん》、雲端《うんたん》に古城《こじやう》あり、天守《てんしゆ》聳立《そばだ》てり。濠《ほり》の水《みづ》、菱《ひし》黒《くろ》く、石垣《いしがき》に蔦《つた》、紅《くれなゐ》を流《なが》す。木《こ》の葉《は》落《お》ち落《お》ちて森《もり》寂《しづか》に、風《かぜ》留《や》むで肅殺《しゆくさつ》の氣《き》の充《み》つる處《ところ》、枝《えだ》は朱槍《しゆさう》を横《よこた》へ、薄《すゝき》は白劍《はくけん》を伏《ふ》せ、徑《こみち》は漆弓《しつきう》を潛《ひそ》め、霜《しも》は鏃《やじり》を研《と》ぐ。峻峰《しゆんぽう》皆《みな》將軍《しやうぐん》、磊嚴《らいがん》盡《こと/″\》く貔貅《ひきう》たり。然《しか》りとは雖《いへど》も、雁金《かりがね》の可懷《なつかしき》を射《い》ず、牡鹿《さをしか》の可哀《あはれ》を刺《さ》さず。兜《かぶと》は愛憐《あいれん》を籠《こ》め、鎧《よろひ》は情懷《じやうくわい》を抱《いだ》く。明星《みやうじやう》と、太白星《ゆふつゞ》と、すなはち其《そ》の意氣《いき》を照《て》らす時《とき》、何事《なにごと》ぞ、徒《いたづら》に銃聲《じうせい》あり。拙《つたな》き哉《かな》、驕奢《けうしや》の獵《れふ》、一鳥《いつてう》高《たか》く逸《いつ》して、谺《こだま》笑《わら》ふこと三度《みたび》。

      十二月《じふにぐわつ》

 大根《だいこん》の時雨《しぐれ》、干菜《ほしな》の風《かぜ》、鳶《とび》も烏《からす》も忙《せは》しき空《そら》を、行《ゆ》く雲《くも》のまゝに見《み》つゝ行《ゆ》けば、霜林《さうりん》一寺《いちじ》を抱《いだ》きて峯《みね》靜《しづか》に立《た》てるあり
前へ 次へ
全4ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング