。鐘《かね》あれども撞《つ》かず、經《きやう》あれども僧《そう》なく、柴《しば》あれども人《ひと》を見《み》ず、師走《しはす》の市《まち》へ走《はし》りけむ。聲《こゑ》あるはひとり筧《かけひ》にして、巖《いは》を刻《きざ》み、石《いし》を削《けづ》りて、冷《つめた》き枝《えだ》の影《かげ》に光《ひか》る。誰《た》がための白《しろ》き珊瑚《さんご》ぞ。あの山《やま》越《こ》えて、谷《たに》越《こ》えて、春《はる》の來《きた》る階《きざはし》なるべし。されば水筋《みづすぢ》の緩《ゆる》むあたり、水仙《すゐせん》の葉《は》寒《さむ》く、花《はな》暖《あたゝか》に薫《かを》りしか。刈《かり》あとの粟畑《あはばたけ》に山鳥《やまどり》の姿《すがた》あらはに、引棄《ひきす》てし豆《まめ》の殼《から》さら/\と鳴《な》るを見《み》れば、一抹《いちまつ》の紅塵《こうぢん》、手鞠《てまり》に似《に》て、輕《かろ》く巷《ちまた》の上《うへ》に飛《と》べり。
[#地より5字上げ]大正九年一月―十二月



底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:米田進
2002年4月24日作成
2003年5月18日修正
青空文庫作成ファイル:
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