だ。どこの山家《やまが》のものか知らんが、変な声で、妙なものいいさ。「袴着た、」と言うのか、「墓場来た、」と言うのか、どっちにしても「殿」は気障《きざ》だ。
 が、確《たしか》に呼留めたに相違無いから、
(俺《おれ》か。)
(それよ、)……と、気になる横柄な返事をして、もやもやと背伸びをして立った……らしい、頭《つむり》を擡《もた》げたのか、腰を起《た》てたのか、上下《うえした》同《おんな》じほどに胴中《どうなか》の見えたのは、いずれ大分の年紀《とし》らしい。
 爺《じじい》か、婆《ばばあ》か、ちょっと見には分らなかったが、手拭《てぬぐい》だろう、頭にこう仇白《あだじろ》いやつを畳んで載せた。それが顔に見えて、面《つら》は俯向《うつむ》けにしながら、杖《つえ》を支《つ》いた影は映らぬ。
(殿、な、何処《いずく》へな。)
 と、こうなんだ。
 私は黙って視《なが》めたっけ。
 じっと身動きもしないで、返事を待っているようだからね、
(吉原へ。)
 と綺麗に言ったが、さあ、以前なら、きっとそうは言わなかったろう。その空がさっぱりと晴々した心持だから、誰に憚《はばか》る処も無い。おつけ晴れた
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