どこの猫でしょう……近所のは、皆《みんな》たま(猫の名)のお友達で、私は声を知ってるんですけれど……可厭《いや》な声ね。きっと野良猫よ。」
それと極《きま》っては、内所《ないしょ》の飼猫でも、遊女《おいらん》の秘蔵でも、遣手《やりて》の懐児《ふところご》でも、町内の三毛、斑《ぶち》でも、何のと引手茶屋の娘の勢《いきおい》。お三輪は気軽に衝《つ》と立って、襟脚を白々と、結綿《ゆいわた》の赤い手絡《てがら》を障子の桟《さん》へ浮出したように窓を覗《のぞ》いた。
「遁《に》げてよ。もう居やしませんわ。」
一人の婦人が、はらはらと後毛《おくれげ》のかかった顔で、
「姉《ねえ》さん。」
「はーい、」と、呼ばれたのを嬉しそうな返事をする。
「閉めていらっしゃいな。」
で、蓮葉《はすは》にぴたり。
後に話合うと、階下《した》へ用達しになど、座を起《た》って通る時、その窓の前へ行《ゆ》くと、希代《きたい》にヒヤリとして風が冷い。処で、何心なく障子をスーツと閉めて行《ゆ》く、……帰りがけに見るとさらりと開《あ》いている。が、誰もそこへ坐るのでは無いから、そのままにして座に戻る。また別人が立つ、やっぱりぞっとするから閉めて行《ゆ》く、帰りがけにはちゃんと開けてあった。それを見た人は色々で、細目の時もあり、七八分目の時もあり、開放しの時もあった、と言う。
さて、そのときまでは、言ったごとく、陽気立って、何が出ても、ものが身に染むとまでには至らなかったが、物語の猫が物干の声になってから、各自《おのおの》言合わせたように、膝が固まった。
時々灰吹の音も、一ツ鉦《がね》のようにカーンと鳴って、寂然《しん》と耳に着く。……
気合が更《あらた》まると、畳もかっと広くなって、向合《むかいあ》い、隣同士、ばらばらと開けて、間《あわい》が隔るように思われるので、なおひしひしと額を寄せる。
「消そうか、」
「大人気ないが面白い。」
ここで電燈《でんき》が消えたのである。――
「案外身に染みて参りました。人数の多過ぎなせいもありましょう。わざと灯《あかり》を消したり、行燈《あんどう》に変えたりしますと、どうもちと趣向めいて、バッタリ機巧《からくり》を遣《や》るようで一向潮が乗りません。
前《せん》の向島の大連の時で、その経験がありますから、今夜は一番《ひとつ》、明《あかり》晃々《こうこう》
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