ざんした。」
 と旅なれぬ少《わか》ものは慇懃《いんぎん》に云つた。
「はい、お休み。」
 と其でも頭《こうべ》を下げたのを見ると、抜群なる大坊主《おおぼうず》。
 で、行燈《あんどう》に伸掛《のしかか》るかと、ぬつくりと起《た》つたが、障子を閉める、と沙汰《さた》が無い。
 前途《ゆくて》に金色《こんじき》の日の輝く思ひの、都をさしての旅ながら、恁《かか》る山家《やまが》は初旅《はつたび》で、旅籠屋《はたごや》へあらはれる按摩の事は、古い物語で読んだばかりの沢は、つく/″\とものの哀《あわれ》を感じた。

        二

 沢は薄汚《うすよご》れた、唯《ただ》それ一個《ひとつ》の荷物の、小さな提革鞄《さげかばん》を熟《じっ》と視《み》ながら、蒼《あお》い形《なり》で、さし俯向《うつむ》いたのである。
 爾時《そのとき》、さつと云ひ、さつと鳴り、さら/\と響いて、小窓の外を宙を通る……冷《つめた》い裳《もすそ》の、すら/\と木《こ》の葉《は》に触つて……高嶺《たかね》をかけて星の空へ軽く飛ぶやうな音を聞いた。
 吹頻《ふきしき》つた秋の風が、夜《よる》は姿をあらはして、人に言葉を
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