てて、枕に響くのは山颪《やまおろし》である。
蕭殺《しょうさつ》たる此《こ》の秋の風は、宵《よい》は一際《ひときわ》鋭かつた。藍縞《あいじま》の袷《あわせ》を着て、黒の兵子帯《へこおび》を締めて、羽織も無い、沢の少《わか》いが痩《や》せた身体《からだ》を、背後《うしろ》から絞つて、長くもない額髪《ひたいがみ》を冷《つめた》く払つた。……其《そ》の余波《なごり》が、カラカラと乾《から》びた木《こ》の葉《は》を捲《ま》きながら、旅籠屋《はたごや》の框《かまち》へ吹込《ふきこ》んで、大《おおき》な炉《ろ》に、一簇《ひとむら》の黒雲《くろくも》の濃く舞下《まいさが》つたやうに漾《ただよ》ふ、松を焼く煙を弗《ふっ》と吹くと、煙は筵《むしろ》の上を階子段《はしごだん》の下へ潜《ひそ》んで、向うに真暗《まっくら》な納戸《なんど》へ逃げて、而《そ》して炉べりに居る二人ばかりの人の顔が、はじめて真赤に現れると一所《いっしょ》に、自在に掛《かか》つた大鍋《おおなべ》の底へ、ひら/\と炎が搦《から》んで、真白な湯気のむく/\と立つのが見えた。
其の湯気の頼母《たのも》しいほど、山気《さんき》は寒く薄い膚
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