《はだ》を透《とお》したのであつた。午下《ひるさが》りに麓《ふもと》から攀上《よじのぼ》つた時は、其の癖|汗《あせ》ばんだくらゐだに……
 表二階《おもてにかい》の、狭い三|畳《じょう》ばかりの座敷に通されたが、案内したものの顔も、漸《や》つと仄《ほのめ》くばかり、目口《めくち》も見えず、最《も》う暗い。
 色の黒い小女《こおんな》が、やがて漆《うるし》の禿《は》げたやうな装《なり》で、金盥《かなだらい》に柄《え》を附けたらうと思ふ、大《おおき》な十能《じゅうのう》に、焚落《たきおと》しを、ぐわん、と装《も》つたのと、片手に煤《すす》けた行燈《あんどう》に点灯《とも》したのを提げて、みし/\と段階子《だんばしご》を上《あが》つて来るのが、底の知れない天井の下を、穴倉《あなぐら》から迫上《せりあが》つて来るやうで、ぱつぱつと呼吸《いき》を吹く状《さま》に、十能の火が真赤な脈を打つた……冷《ひややか》な風が舞込《まいこ》むので。
 座敷へ入つて、惜気《おしげ》なく真鍮《しんちゅう》の火鉢へ打撒《ぶちま》けると、横に肱掛窓《ひじかけまど》めいた低い障子が二枚、……其の紙の破《やぶれ》から一文字《いちもんじ》に吹いた風に、又|※[#「火+發」、105−14]《ぱっ》としたのが鮮麗《あざやか》な朱鷺色《ときいろ》を染《そ》めた、あゝ、秋が深いと、火の気勢《けはい》も霜《しも》に染《そ》む。
 行燈《あんどう》の灯《ひ》は薄もみぢ。
 小女《こおんな》は尚《な》ほ黒い。
 沢は其のまゝにじり寄つて、手を翳《かざ》して俯向《うつむ》いた。一人旅の姿は悄然《しょんぼり》とする。
 がさ/\、がさ/\と、近いが行燈《あんどう》の灯は届かぬ座敷の入口、板廊下の隅に、芭蕉《ばしょう》の葉を引摺《ひきず》るやうな音がすると、蝙蝠《こうもり》が覗《のぞ》く風情《ふぜい》に、人の肩がのそりと出て、
「如何様《いかがさま》で、」
 とぼやりとした声。
「え?」と沢は振向《ふりむ》いて、些《ち》と怯《おび》えたらしく聞返《ききかえ》す、……
「按摩《あんま》でな。」
 と大分|横柄《おうへい》……中に居るものの髯《ひげ》のありなしは、よく其の勘《かん》で分ると見える。ものを云ふ顔が、反返《そりかえ》るほど仰向《あおむ》いて、沢の目には咽喉《のど》ばかり。
「お療治は如何様で。」
「まあ、可《よ》ご
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