し欣弥の声音《こわね》は、ただにその平生を識《し》れる、傍聴席なる渠の母のみにあらずして、法官も聴衆もおのずからその異常なるを聞き得たりしなり。白糸の愁《うれ》わしかりし眼《まなこ》はにわかに清く輝きて、
「そんなら事実《ほんとう》を申しましょうか」
 裁判長はしとやかに、
「うむ、隠さずに申せ」
「実は奪《と》られました」
 ついに白糸は自白せり。法の一貫目は情の一匁なるかな、渠はそのなつかしき検事代理のために喜びて自白せるなり。
「なに? 盗《と》られたと申すか」
 裁判長は軽《かろ》く卓《たく》を拍《う》ちて、きと白糸を視《み》たり。
「はい、出刃打ちの連中でしょう、四、五人の男が手籠《てご》めにして、私の懐中の百円を奪りました」
「しかとさようか」
「相違ござりません」

 これに次ぎて白糸はむぞうさにその重罪をも白状したりき。裁判長は直ちに訊問を中止して、即刻この日の公判を終われり。
 検事代理村越欣弥は私情の眼《まなこ》を掩《おお》いてつぶさに白糸の罪状を取り調べ、大恩の上に大恩を累《かさ》ねたる至大の恩人をば、殺人犯として起訴したりしなり。さるほどに予審終わり、公判開きて
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