護を頼まれたってなんだって管《かま》やしません。おまえが悪い、ありていに白状しな、と出刃打ちの野郎を極《き》め付けてやりまさあ」
 渠の鼻息はすこぶる暴《あら》らかなりき。
「そんな弁護士をだれが頼むものか」
 と弁者は仰ぎて笑えり。乗り合いは、威儀ある紳士とその老母を除きて、ことごとく大笑せり。笑い寝《や》むころ馬車は石動に着きぬ。車を下らんとて弁者は席を起《た》てり。甲と乙とは渠に向かいて慇懃《いんぎん》に一揖《いちゆう》して、
「おかげでおもしろうございました」
「どうも旦那《だんな》ありがとう存じました」
 弁者は得々として、
「おまえさんがたも間《ひま》があったら、公判を行ってごらんなさい」
「こりゃ芝居よりおもしろいでございましょう」
 乗客は忙々《いそがわしく》下車して、思い思いに別れぬ。最後に威儀ある紳士はその母の手を執りて扶《たす》け下ろしつつ、
「あぶのうございますよ。はい、これからは腕車《くるま》でございます」
 渠らの入りたる建場の茶屋の入り口に、馬車会社の老いたる役員は佇《たたず》めり。渠は何気なく紳士の顔を見たりしが、にわかにわれを忘れてその瞳《ひとみ》を凝らせり。
 たちまち進み来たれる紳士は帽を脱して、ボタンの二所|失《と》れたる茶羅紗《ちゃらしゃ》のチョッキに、水晶の小印《こいん》を垂下《ぶらさ》げたるニッケル鍍《めっき》の※[#「金+樔のつくり」、第4水準2−91−32]《くさり》を繋《か》けて、柱に靠《もた》れたる役員の前に頭《かしら》を下げぬ。
「その後は御機嫌《ごきげん》よろしゅう。あいかわらずお達者で……」
 役員は狼狽《ろうばい》して身を正し、奪うがごとくその味噌漉《みそこ》し帽子を脱げり。
「やあこれは! 欣様だったねえ。どうもさっきから肖《に》ているとは思ったけれど、えらくりっぱになったもんだから。……しかしおまえさんも無事で、そうしてまありっぱになんなすって結構だ。あれからじきに東京へ行って、勉強しているということは聞いていたっけが、ああ、見上げたもんだ。そうして勉強してきたのは、法律かい。法律はいいね。おまえさんは好きだった。好きこそものの上手《じょうず》なりけれ、うん、それはよかった。ああ、なるほど、金沢の裁判所に……うむ、検事代理というのかい」
 老いたる役員はわが子の出世を看《み》るがごとく懽《よろこ》べり
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