わせぬ。
腰元は、諭《さと》すがごとく、
「それでは夫人《おくさま》、御療治ができません」
「はあ、できなくってもいいよ」
腰元は言葉はなくて、顧みて伯爵の色を伺えり。伯爵は前に進み、
「奥、そんな無理を謂ってはいけません。できなくってもいいということがあるものか。わがままを謂ってはなりません」
侯爵はまたかたわらより口を挟めり。
「あまり、無理をお謂やったら、姫《ひい》を連れて来て見せるがいいの。疾《はや》くよくならんでどうするものか」
「はい」
「それでは御得心でございますか」
腰元はその間に周旋せり。夫人は重げなる頭《かぶり》を掉《ふ》りぬ。看護婦の一人は優しき声にて、
「なぜ、そんなにおきらいあそばすの、ちっともいやなもんじゃございませんよ。うとうとあそばすと、すぐ済んでしまいます」
このとき夫人の眉《まゆ》は動き、口は曲《ゆが》みて、瞬間苦痛に堪えざるごとくなりし。半ば目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みひら》きて、
「そんなに強《し》いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤《ねむりぐすり》は譫言《うわごと》を謂《い》うと申すから、それが
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