たる面色《おももち》にて、
「ああ、真の美の人を動かすことあのとおりさ、君はお手のものだ、勉強したまえ」
予は画師たるがゆえに動かされぬ。行くこと数《す》百歩、あの樟《くす》の大樹の鬱蓊《うつおう》たる木《こ》の下蔭《したかげ》の、やや薄暗きあたりを行く藤色の衣《きぬ》の端を遠くよりちらとぞ見たる。
園を出《い》ずれば丈《たけ》高く肥えたる馬二頭立ちて、磨《す》りガラス入りたる馬車に、三個《みたり》の馬丁《べっとう》休らいたりき。その後九年を経て病院のかのことありしまで、高峰はかの婦人のことにつきて、予にすら一言《こと》をも語らざりしかど、年齢においても、地位においても、高峰は室あらざるべからざる身なるにもかかわらず、家を納むる夫人なく、しかも渠は学生たりし時代より品行いっそう謹厳にてありしなり。予は多くを謂わざるべし。
青山の墓地と、谷中《やなか》の墓地と所こそは変わりたれ、同一《おなじ》日に前後して相|逝《ゆ》けり。
語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか。
底本:「高野聖」角川文庫、角川書店
1971(昭和46)年4月20日改
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