あたかも晩餐《ばんさん》の筵《むしろ》に望みたるごとく、平然としてひややかなること、おそらく渠のごときはまれなるべし。助手三人と、立ち会いの医博士一人と、別に赤十字の看護婦五名あり。看護婦その者にして、胸に勲章帯びたるも見受けたるが、あるやんごとなきあたりより特に下したまえるもありぞと思わる。他に女性《にょしょう》とてはあらざりし。なにがし公と、なにがし侯と、なにがし伯と、みな立ち会いの親族なり。しかして一種形容すべからざる面色《おももち》にて、愁然として立ちたるこそ、病者の夫の伯爵なれ。
室内のこの人々に瞻《みまも》られ、室外のあのかたがたに憂慮《きづか》われて、塵《ちり》をも数うべく、明るくして、しかもなんとなくすさまじく侵すべからざるごとき観あるところの外科室の中央に据えられたる、手術台なる伯爵夫人は、純潔なる白衣《びゃくえ》を絡《まと》いて、死骸《しがい》のごとく横たわれる、顔の色あくまで白く、鼻高く、頤《おとがい》細りて手足は綾羅《りょうら》にだも堪えざるべし。脣《くちびる》の色少しく褪《あ》せたるに、玉のごとき前歯かすかに見え、眼《め》は固く閉ざしたるが、眉《まゆ》は思いなしか顰《ひそ》みて見られつ。わずかに束《つか》ねたる頭髪は、ふさふさと枕《まくら》に乱れて、台の上にこぼれたり。
そのかよわげに、かつ気高く、清く、貴《とうと》く、うるわしき病者の俤《おもかげ》を一目見るより、予は慄然《りつぜん》として寒さを感じぬ。
医学士はと、ふと見れば、渠は露ほどの感情をも動かしおらざるもののごとく、虚心に平然たる状《さま》露《あら》われて、椅子に坐《すわ》りたるは室内にただ渠のみなり。そのいたく落ち着きたる、これを頼もしと謂《い》わば謂え、伯爵夫人の爾《しか》き容体を見たる予が眼よりはむしろ心憎きばかりなりしなり。
おりからしとやかに戸を排して、静かにここに入り来たれるは、先刻《さき》に廊下にて行き逢いたりし三人の腰元の中に、ひときわ目立ちし婦人《おんな》なり。
そと貴船伯に打ち向かいて、沈みたる音調もて、
「御前《ごぜん》、姫様《ひいさま》はようようお泣き止《や》みあそばして、別室におとなしゅういらっしゃいます」
伯はものいわで頷《うなず》けり。
看護婦はわが医学士の前に進みて、
「それでは、あなた」
「よろしい」
と一言答えたる医学士の声は、
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