《ひっかえ》して、しめた事よ。お前《めえ》らと、己《おら》とで、河童に劫《おど》されたでは、うつむけにも仰向《あおむ》けにも、この顔さ立ちっこねえ処だったぞ、やあ。」
「そうだ、そうだ。いい事をした。――畜生、もう一度出て見やがれ。あたまの皿ア打挫《ぶっくじ》いて、欠片《かけら》にバタをつけて一口だい。」
丸太棒を抜いて取り、引きそばめて、石段を睨上《ねめあ》げたのは言うまでもない。
「コワイ」
と、虫の声で、青蚯蚓《あおみみず》のような舌をぺろりと出した。怪しい小男は、段を昇切った古杉の幹から、青い嘴《くちばし》ばかりを出して、麓《ふもと》を瞰下《みおろ》しながら、あけびを裂いたような口を開けて、またニタリと笑った。
その杉を、右の方へ、山道が樹《こ》がくれに続いて、木の根、岩角、雑草が人の脊より高く生乱《はえみだ》れ、どくだみの香深く、薊《あざみ》が凄《すさま》じく咲き、野茨《のばら》の花の白いのも、時ならぬ黄昏《たそがれ》の仄明《ほのあか》るさに、人の目を迷わして、行手を遮る趣がある。梢《こずえ》に響く波の音、吹当つる浜風は、葎《むぐら》を渦に廻わして東西を失わす。この坂、
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