卓《ちゃぶだい》に乗ったって、何も気味の悪いことはないよ。」
「気味の悪いことはないったって、一体変ね、帰る途《みち》でも言ったけれど、行がけに先刻《さっき》、宿を出ると、いきなり踊出したのは誰なんでしょう。」
「そりゃ、私だろう。掛引のない処。お前にも話した事があるほどだし、その時の祭の踊を実地に見たのは、私だから。」
「ですが、こればかりはお前さんのせいともいえませんわ。……話を聞いていますだけに、何だか私だったかも知れない気がする。」
「あら、おばさん、私のようよ、いきなりひとりでに、すっと手の上ったのは。」
「まさか、巻込まれたのなら知らないこと――お婿さんをとるのに、間違ったら、高島田に結《い》おうという娘の癖に。」
「おじさん、ひどい、間違ったら高島田じゃありません、やむを得ず洋髪《ハイカラ》なのよ。」
「おとなしくふっくりしている癖に、時々ああいう口を利くんですからね。――吃驚《びっくり》させられる事があるんです。――いつかも修善寺の温泉宿《ゆやど》で、あすこに廊下の橋がかりに川水を引入れた流《ながれ》の瀬があるでしょう。巌組《いわぐみ》にこしらえた、小さな滝が落ちるのを
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