の格子に、銀色の染まるばかり、艶々《つやつや》と映った時、山鴉《やまがらす》の嘴太《はしぶと》が――二羽、小刻みに縁を走って、片足ずつ駒下駄《こまげた》を、嘴《くちばし》でコトンと壇の上に揃えたが、鴉がなった沓《くつ》かも知れない、同時に真黒《まっくろ》な羽が消えたのであるから。
 足が浮いて、ちらちらと高く上ったのは――白い蝶が、トタンにその塗下駄の底を潜《くぐ》って舞上ったので。――見ると、姫はその蝶に軽く乗ったように宙を下り立った。
「お床几《しょうぎ》、お床几。」
 と翁が呼ぶと、栗鼠《りす》よ、栗鼠よ、古栗鼠の小栗鼠が、樹の根の、黒檀《こくたん》のごとくに光沢《つや》あって、木目は、蘭を浮彫にしたようなのを、前脚で抱えて、ひょんと出た。
 袖近く、あわれや、片手の甲の上に、額を押伏せた赤沼の小さな主は、その目を上ぐるとひとしく、我を忘れて叫んだ。
「ああ、見えましゅ……あの向う丘の、二階の角の室《ま》に、三人が、うせおるでしゅ。」
 姫の紫の褄下《つました》に、山懐《やまふところ》の夏草は、淵《ふち》のごとく暗く沈み、野茨《のばら》乱れて白きのみ。沖の船の燈《ともしび》が二つ
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