び》くでしゅが。――ただ一雫《ひとしずく》の露となって、逆《さかさ》に落ちて吸わりょうと、蕩然《とろり》とすると、痛い、疼《いた》い、痛い、疼いッ。肩のつけもとを棒切《ぼうぎれ》で、砂越しに突挫《つきくじ》いた。」
「その怪我じゃ。」
「神職様。――塩で釣出せぬ馬蛤《まて》のかわりに、太い洋杖《ステッキ》でかッぽじった、杖は夏帽の奴の持ものでしゅが、下手人は旅籠屋の番頭め、這奴《しゃつ》、女ばらへ、お歯向きに、金歯を見せて不埒《ふらち》を働く。」
「ほ、ほ、そか、そか。――かわいや忰《せがれ》、忰が怨《うらみ》は番頭じゃ。」
「違うでしゅ、翁様。――思わず、きゅうと息を引き、馬蛤の穴を刎飛《はねと》んで、田打蟹《たうちがに》が、ぼろぼろ打つでしゅ、泡ほどの砂の沫《あわ》を被《かぶ》って転がって遁《に》げる時、口惜《くや》しさに、奴の穿《は》いた、奢《おご》った長靴、丹精に磨いた自慢の向脛《むこうずね》へ、この唾《つば》をかッと吐掛けたれば、この一呪詛《ひとのろい》によって、あの、ご秘蔵の長靴は、穴が明いて腐るでしゅから、奴に取っては、リョウマチを煩らうより、きとこたえる。仕返しは沢山で
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