いに、片手で捧げた肱《ひじ》に靡《なび》いて、衣紋《えもん》も褄《つま》も整然《きちん》とした。
「絵ですか、……誰の絵なんです。」
「あら、御存じない?……あなた、鴾先生のじゃありませんか。」
「ええ、鴾君が、いつね、その絵を。」
(いままだ、銀座裏で飲んでいよう、すました顔して、すくすくと銚子《ちょうし》の数を並べて。)
「つい近頃だと言いますよ。それも、わけがありましてね、私が今夜、――その酒場へ、槍、鉄棒で押掛けたといいました。やっぱりその事でおかきなすったんだけれどもね。まあ、お目にかけますわ……お待なさい。ここは、廊下で、途中だし、下へ出た処で、往来と……ああ、ちょっとこの部屋へ入りましょうか。」
「名札はかかっていないけれど、いいかな。」
「あき店《だな》さ、お前さん、田畝《たんぼ》の葦簾張《よしずばり》だ。」
 と云った。
「ぬしがあっても、夜の旅じゃ、休むものに極《きま》っていますよ。」
「しかし、なかに、どんなものか置いてでもあると、それだとね。」
「御本尊のいらっしゃる、堂、祠《ほこら》へだって入りましょう。……人間同士、構やしません。いえ、そこどころじゃあない、
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