子《はやし》を揃えて、すなわち連獅子《れんじし》に骨身を絞ったというのに――上の姉のこのお妻はどうだろう。興|酣《たけなわ》なる汐時《しおどき》、まのよろしからざる処へ、田舎の媽々《かかあ》の肩手拭《かたてぬぐい》で、引端折《ひっぱしょ》りの蕎麦《そば》きり色、草刈籠《くさかりかご》のきりだめから、へぎ盆に取って、上客からずらりと席順に配って歩行《ある》いて、「くいなせえましょう。」と野良声を出したのを、何だとまあ思います?
(――鴾の細君京千代のお京さんの茶の間話に聞いたのだが――)
つぶし餡《あん》の牡丹餅《ぼたもち》さ。ために、浅からざる御不興を蒙《こうむ》った、そうだろう。新製売出しの当り祝につぶしは不可《いけな》い。のみならず、酒宴の半ばへ牡丹餅は可笑《おか》しい。が、すねたのでも、諷《ふう》したのでも何でもない、かのおんなの性格の自然に出でた趣向であった。
……ここに、信也氏のために、きつけの水を汲《く》むべく、屋根の雪の天水桶を志して、環海ビルジングを上りつつある、つぶし餡のお妻が、さてもその後、黄粉か、胡麻《ごま》か、いろが出来て、日光へ駆落ちした。およそ、獅子
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