こみち》を見返り、
「もっと町の方へ引越して、軒へ瓦斯燈《がすとう》でも点《つ》けるだよ、兄哥《あにや》もそれだから稼ぐんだ。」
「いいえ、私ゃ、何も今のくらしにどうこうと不足をいうんじゃないんだわ。私は我慢をするけれどね、お浜が可哀《かわい》そうだから、号外屋でも何んでもいい、他《ほか》の商売にしておくれって、三ちゃん、お前に頼むんだよ。内の人が心配をすると悪いから、お前決して、何んにもいうんじゃないよ、可《い》いかい、解《わか》ったの、三ちゃん。」
 と因果を含めるようにいわれて、枝の鴉《からす》も頷《うなず》き顔。
「むむ、じゃ何だ、腰に鈴をつけて駈《か》けまわるだ、帰ったら一番、爺様《じいさま》と相談すべいか、だって、お銭《あし》にゃならねえとよ。」
 と奴《やっこ》は悄乎《しょ》げて指を噛《か》む。
「いいえさ、今が今というんじゃないんだよ。突然《いきなり》そんな事をいっちゃ不可《いけな》いよ、まあ、話だわね。」
 と軽くいって、気をかえて身を起した、女房は張板《はりいた》をそっと撫《な》で、
「慾張ったから乾き切らない。」
「何、姉《あね》さんが泣くからだ、」
 と唐突《だしぬけ》にいわれたので、急に胸がせまったらしい。
「ああ、」
 と片袖《かたそで》を目にあてたが、はッとした風で、また納戸を見た。
「がさがさするね、鴉が入りやしまいねえ。」
 三之助はまた笑い、
「海から魚が釣りに来ただよ。」
「あれ、厭《いや》、驚《おど》かしちゃ……」
 お浜がむずかって、蚊帳《かや》が動く。
「そら御覧な、目を覚ましたわね、人を驚《おど》かすもんだから、」
 と片頬《かたほ》に莞爾《にっこり》、ちょいと睨《にら》んで、
「あいよ、あいよ、」
「やあ、目を覚《さま》したら密《そっ》と見べい。おらが、いろッて泣かしちゃ、仕事の邪魔するだから、先刻《さっき》から辛抱してただ。」と、かごとがましく身を曲《くね》る。
「お逢《あ》いなさいまし、ほほほ、ねえ、お浜、」
 と女房は暗い納戸で、母衣蚊帳《ほろがや》の前で身動《みじろ》ぎした。
「おっと、」
 奴《やっこ》は縁に飛びついたが、
「ああ、跣足《はだし》だ姉《あね》さん。」
 と脛《すね》をもじもじ。
「可《いい》よ、お上りよ。」
「だって、姉《あね》さんは綺麗《きれい》ずきだからな。」
「構わないよ、ねえ、」
 と
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