って、
「おらがここまで大きくなって、お浜ッ子が浜へ出て、まま事するはいつだろうなあ。」
 女房は夕露の濡れた目許の笑顔優しく、
「ああ、そりゃもう今日明日という内に、直きに娘になるけれど、あの、三ちゃん、」
 と調子をかえて、心ありげに呼びかける。

       十一

「ああ、」
「あのね、私は何も新しい衣物《きもの》なんか欲《ほし》いとは思わないし、坊やも、お菓子も用《い》らないから、お前さん、どうぞ、お婿さんになってくれる気なら、船頭はよして、何ぞ他《ほか》の商売にしておくれな、姉《ねえ》さん、お願いだがどうだろうね。」
 と思い入ったか言《ことば》もあらため、縁に居ずまいもなおしたのである。
 奴《やっこ》は遊び過ぎた黄昏《たそがれ》の、鴉《からす》の鳴くのをきょろきょろ聞いて、浮足に目も上《うわ》つき、
「姉《あね》さん、稲葉丸は今日さ日帰りだっぺいか。」
「ああ、内でもね。今日は晩方までに帰るって出かけたがね、お聞きよ、三ちゃん、」
 とそわそわするのを圧《おさ》えていったが、奴《やっこ》はよくも聞かないで、
「姉《あね》さんこそ聞きねえな、あらよ、堂の嶽《たけ》から、烏が出て来た、カオ、カオもねえもんだ、盗賊《どろぼう》をする癖にしやあがって、漁さえ当ると旅をかけて寄って来やがら。
 姉さん船が沖へ来たぜ、大漁だ大漁だ、」
 と烏の下で小さく躍る。
「じゃ、内の人も帰って来よう、三ちゃん、浜へ出て見ようか。」と良人《おっと》[#ルビの「おっと」は底本では「をっと」]の帰る嬉しさに、何事も忘れた状《さま》で、女房は衣紋《えもん》を直した。
「まだ、見えるような処まで船は入りやしねえだよ。見さっせえ。そこらの柿の樹の枝なんか、ほら、ざわざわと烏めい、えんこをして待ってやがる。
 五六里の処、嗅《か》ぎつけて来るだからね。ここらに待っていて、浜へ魚の上るのを狙《ねら》うだよ、浜へ出たって遠くの方で、船はやっとこの烏ぐれえにしか見えやしねえや。
 やあ、見さっせえ、また十五六羽|遣《や》って来た、沖の船は当ったぜ。
 姉《あね》さん、また、着るものが出来らあ、チョッ、」
 舌打の高慢さ、
「おらも乗って行《ゆ》きゃ小遣《こづかい》が貰《もれ》えたに、号外を遣って儲《もう》け損なった。お浜ッ児《こ》に何にも玩弄物《おもちゃ》が買えねえな。」
 と出額《おでこ
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