ごろごろと八九人さ、小さくなってすくんでいるだね。
 どこだも知んねえ海の中に、船さただ一|艘《そう》で、目の前さ、化物に取巻かれてよ、やがて暴風雨《あらし》が来ようというだに、活《い》きて働くのはこんの兄哥、ただ一人だと思や心細いけんどもな、兄哥は船頭、こんな時のお船頭だ。」
 女房は引入れられて、
「まあ、ねえ、」とばかり深い息。
 奴《やっこ》は高慢に打傾き、耳に小さな手を翳《かざ》して、
「轟《ごう》――とただ鳴るばかりよ、長延寺様さ大釣鐘を半日|天窓《あたま》から被《かぶ》ったようだね。
 うとうととこう眠ったっぺ。相撲を取って、ころり投げ出されたと思って目さあけると、船の中は大水だあ。あかを汲《く》み出せ、大変だ、と船も人もくるくる舞うだよ。
 苫《とま》も何も吹飛ばされた、恐しい音ばかりで雨が降るとも思わねえ、天窓《あたま》から水びたり、真黒な海坊主め、船の前へも後へも、右へも左へも五十三十。ぬくぬくと肩さ並べて、手を組んで突立《つった》ったわ、手を上げると袖の中から、口い開《あ》くと咽喉《のど》から湧《わ》いて、真白《まっしろ》な水柱《みずばしら》が、から、倒《さかさま》にざあざあと船さ目がけて突蒐《つっかか》る。
 アホイ、ホイとどこだやら呼ばる声さ、あちらにもこちらにも耳について聞えるだね。」

       九

「その時さ、船は八丁艪《はっちょうろ》になったがな、おららが呼ばる声じゃねえだ。
 やっぱりおなじ処に、舵《かじ》についた、あやし火のあかりでな、影のような船の形が、薄ぼんやり、鼠色して煙《けむ》が吹いて消える工合《ぐあい》よ、すッ飛んじゃするすると浮いて行《ゆ》く。
 難有《ありがて》え、島が見える、着けろ着けろ、と千太が喚《わめ》く。やあ、どこのか船も漕《こ》ぎつけた、島がそこに、と理右衛門爺《りえむじい》さま。直《じき》さそこに、すくすくと山の形さあらわれて、暗《やみ》の中|突貫《つきぬ》いて大幅な樹の枝が、※[#「さんずい+散」、288−10]のあいだに揺《ゆす》ぶれてな、帆柱さ突立《つった》って、波の上を泳いでるだ。
 血迷ったかこいつら、爺様までが何をいうよ、島も山も、海の上へ出たものは石塊《いしころ》一ツある処じゃねえ。暗礁《かくれいわ》へ誘い寄せる、連《つれ》を呼ぶ幽霊船《ゆうれいぶね》だ。気を確《たしか》に持たっせえ
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