が光るようによ。
 おらが肩も軽くなって、船はすらすらと辷《すべ》り出した。胴の間じゃ寂《ひっそ》りして、幽かに鼾《いびき》も聞えるだ。夜は恐ろしく更けただが、浪も平《たいら》になっただから、おらも息を吐《つ》いたがね。
 えてものめ、何が息を吐かせべい。
 アホイ、アホイ、とおらが耳の傍《はた》でまた呼ばる。
 黙って漕げ、といわっしゃるで、おらは、スウとも泣かねえだが、腹の中で懸声さするかと思っただよ。
 厭《いや》だからな、聞くまいとして頭あ掉《ふ》って、耳を紛らかしていたっけが、畜生、船に憑《つ》いて火を呼ぶだとよ。
 波が平《たいら》だで、なおと不可《いけね》え。火の奴《やつ》め、苦なしでふわふわとのしおった、その時は、おらが漕いでいる艪の方へさ、ぶくぶくと泳いで来たが、急にぼやっと拡がった、狸の睾丸《きんたま》八畳敷《はちじょうじき》よ。
 そこら一面、波が黄色に光っただね。
 その中に、はあ、細長い、ぬめらとした、黒い島が浮いたっけ。
 あやかし火について、そんな晩は、鮫《さめ》の奴が化けるだと……あとで爺《じい》さまがいわしった。
 そういや、目だっぺい。真赤《まっか》な火が二つ空を向いて、その背中の突先《とっさき》に睨《にら》んでいたが、しばらくするとな。いまの化鮫《ばけざめ》めが、微塵《みじん》になったように、大きい形はすぽりと消えて、百とも千とも数を知れねえ、いろんな魚《うお》が、すらすらすらすら、黄色な浪の上を渡りおったが、化鮫めな、さまざまにして見せる。唐《から》の海だか、天竺《てんじく》だか、和蘭陀《オランダ》だか、分ンねえ夜中だったけが、おらあそんな事で泣きやしねえ。」と奴《やっこ》は一息に勇んでいったが、言《ことば》を途切らし四辺《あたり》を視《なが》めた。
 目の前なる砂山の根の、その向き合える猛獣は、薄《すすき》の葉とともに黒く、海の空は浪の末に黄をぼかしてぞ紅《くれない》なる。

       八

「そうする内に、またお猿をやって、ころりと屈《かが》んだ人間ぐれえに縮かまって、そこら一面に、さっと暗くなったと思うと、あやし火の奴《やつ》め、ぶらぶらと裾《すそ》に泡を立てて、いきをついて畝《うね》って来て、今度はおらが足の舵《かじ》に搦《から》んで、ひらひらと燃えただよ。
 おらあ、目を塞いだが、鼻の尖《さき》だ。艫《とも》へ這
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