人も、往来《ゆきき》も、いつまたたく間か、どッと溜《たま》った。
 謹三の袖に、ああ、娘が、引添う。……
 あわれ、渠の胸には、清水がそのまま、血になって湧《わ》いて、涙を絞って流落ちた。
 ばらばらばら!
 火の粉かと見ると、こはいかに、大粒な雨が、一粒ずつ、粗《あら》く、疎《まばら》に、巨石《おおいし》の面《おもて》にかかって、ぱッと鼓草《たんぽぽ》の花の散るように濡れたと思うと、松の梢《こずえ》を虚空から、ひらひらと降って、胸を掠《かす》めて、ひらりと金色《こんじき》に飜って落ちたのは鮒《ふな》である。
「火事じゃあねえ、竜巻だ。」
「やあ、竜巻だ。」
「あれ。」
 と口の裡《うち》、呼吸《いき》を引くように、胸の浪立った娘の手が、謹三の袂《たもと》に縋《すが》って、
「可恐《こわ》い……」
「…………」
「どうしましょうねえ。」
 と引いて縋る、柔い細い手を、謹三は思わず、しかと取った。
 ――いかになるべき人たちぞ…
[#地から1字上げ]大正九(一九二〇)年十月



底本:「泉鏡花集成7」ちくま文庫、筑摩書房
   1995(平成7)年12月4日第1刷発行
底本の親本:「鏡
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