煮を祝って、すぐにお正月が来るのであったが、これはいつまでも大晦日《おおみそか》で、餅どころか、袂《たもと》に、煎餅《せんべい》も、榧《かや》の実もない。
 一《ある》寺に北辰《ほくしん》妙見宮のまします堂は、森々《しんしん》とした樹立《こだち》の中を、深く石段を上る高い処にある。
「ぼろきてほうこう。ぼろきてほうこう。」
 昼も梟《ふくろう》が鳴交わした。
 この寺の墓所《はかしょ》に、京の友禅とか、江戸の俳優|某《なにがし》とか、墓があるよし、人伝《ひとづて》に聞いたので、それを捜すともなしに、卵塔《らんとう》の中へ入った。
 墓は皆暗かった、土地は高いのに、じめじめと、落葉も払わず、苔《こけ》は萍《うきぐさ》のようであった。
 ふと、生垣を覗《のぞ》いた明《あかる》い綺麗な色がある。外の春日《はるび》が、麗《うらら》かに垣の破目《やれめ》へ映って、娘が覗くように、千代紙で招くのは、菜の花に交《まじ》る紫雲英《げんげ》である。……
 少年の瞼《まぶた》は颯《さっ》と血を潮《さ》した。
 袖さえ軽い羽かと思う、蝶に憑《つ》かれたようになって、垣の破目をするりと抜けると、出た処の狭い路
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