は、真蒼《まっさお》な西瓜も、黄なる瓜も、颯《さっ》と銀色の蓑《みの》を浴びる。あくどい李の紅《あか》いのさえ、淡くくるくると浅葱《あさぎ》に舞う。水に迸《ほとばし》る勢《いきおい》に、水槽を装上《もりあが》って、そこから百条の簾《すだれ》を乱して、溝を走って、路傍《みちばた》の草を、さらさらと鳴して行《ゆ》く。
音が通い、雫《しずく》を帯びて、人待石――巨石の割目に茂った、露草の花、蓼《たで》の紅《くれない》も、ここに腰掛けたという判官のその山伏の姿よりは、爽《さわや》かに鎧《よろ》うたる、色よき縅毛《おどしげ》を思わせて、黄金《こがね》の太刀も草摺《くさずり》も鳴るよ、とばかり、松の梢《こずえ》は颯々《さつさつ》と、清水の音に通って涼しい。
けれども、涼しいのは松の下、分けて清水の、玉を鳴して流るる処ばかりであろう。
三|間《げん》幅――並木の道は、真白《まっしろ》にキラキラと太陽に光って、ごろた石は炎を噴く……両側の松は梢から、枝から、おのが影をおのが幹にのみ這《は》わせつつ、真黒《まっくろ》な蛇の形を畝《うね》らす。
雲白く、秀でたる白根《しらね》が岳の頂に、四時の雪はありながら、田は乾き、畠は割れつつ、瓜の畠の葉も赤い。来た処も、行《ゆ》く道も、露草は胡麻《ごま》のように乾《ひから》び、蓼の紅は蚯蚓《みみず》が爛《ただ》れたかと疑われる。
人の往来《ゆきき》はバッタリない。
大空には、あたかもこの海の沖を通って、有磯海《ありそうみ》から親不知《おやしらず》の浜を、五智の如来《にょらい》へ詣《もう》ずるという、泳ぐのに半身を波の上に顕《あらわ》して、列を造って行《ゆ》くとか聞く、海豚《いるか》の群が、毒気を吐掛けたような入道雲の低いのが、むくむくと推並《おしなら》んで、動くともなしに、見ていると、地《じ》が揺れるように、ぬッと動く。
見すぼらしい、が、色の白い学生は、高い方の松の根に一人居た。
見ても、薄桃色に、また青く透明《すきとお》る、冷い、甘い露の垂りそうな瓜に対して、もの欲《ほし》げに思われるのを恥じたのであろう。茶店にやや遠い人待石に――
で、その石には腰も掛けず、草に蹲《うずくま》って、そして妙な事をする。……煙草《たばこ》を喫《の》むのに、燐寸《マッチ》を摺った。が、燃さしの軸を、消えるのを待って、もとの箱に入れて、袂《たもと》に蔵《しま》った。
乏しい様子が、燐寸ばかりも、等閑《なおざり》になし得ない道理は解《よ》めるが、焚残《もえのこ》りの軸を何にしよう……
蓋《けだ》し、この年配《とし》ごろの人数《ひとかず》には漏れない、判官贔屓《ほうがんびいき》が、その古跡を、取散らすまい、犯すまいとしたのであった――
「この松の事だろうか……」
――金石《かないわ》の湊《みなと》、宮の腰の浜へ上って、北海の鮹《たこ》と烏賊《いか》と蛤《はまぐり》が、開帳まいりに、ここへ出て来たという、滑稽《おかし》な昔話がある――
人待石に憩《やす》んだ時、道中の慰みに、おのおの一芸を仕《つかまつ》ろうと申合す。と、鮹が真前《まっさき》にちょろちょろと松の木の天辺《てっぺん》へ這《は》って、脚をぶらりと、
「藤の花とはどうだの、下《さが》り藤、上《あが》り藤。」と縮んだり伸びたり。
烏賊が枝へ上って、鰭《ひれ》を張った。
「印半纏《しるしばんてん》見てくんねえ。……鳶職《とび》のもの、鳶職のもの。」
そこで、蛤が貝を開いて、
「善光寺様、お開帳。」とこう言うのである。
鉈豆煙管《なたまめぎせる》を噛《か》むように啣《くわ》えながら、枝を透かして仰ぐと、雲の搦《から》んだ暗い梢は、ちらちらと、今も紫の藤が咲くか、と見える。
三
「――あすこに鮹が居ます――」
とこの高松の梢に掛《かか》った藤の花を指《ゆびさ》して、連《つれ》の職人が、いまのその話をした時は……
ちょうど藤つつじの盛《さかり》な頃を、父と一所に、大勢で、金石の海へ……船で鰯網《いわしあみ》を曵《ひ》かせに行《ゆ》く途中であった……
楽しかった……もうそこの茶店で、大人たちは一度|吸筒《すいづつ》を開いた。早や七年も前になる……梅雨晴の青い空を、流るる雲に乗るように、松並木の梢を縫って、すうすうと尾長鳥が飛んでいる。
長閑《のどか》に、静《しずか》な景色であった。
と炎天に夢を見る様に、恍惚《うっとり》と松の梢に藤の紫を思ったのが、にわかに驚く! その次なる烏賊の芸当。
鳶職《とび》というのを思うにつけ、学生のその迫った眉はたちまち暗かった。
松野謹三、渠《かれ》は去年の秋、故郷《ふるさと》の家が焼けたにより、東京の学校を中途にして帰ったまま、学資の出途《しゅっと》に窮するため、拳《こぶし》を握り、足を
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