名、貴姓、すなわち、(今日午後着く。用意よきか。)」
(分りました。)
と静《しずか》に言う時、ふと見返った目が、私《わっし》に向いた、と一所にな……先生の眼《まなこ》も光りました。
怯《おび》えて立ったね、悚然《ぞっと》した。
荷を担いで、ひょうろ、ひょろ。
ようやく石段の中ほどで、吻《ほっ》と息をして立った処が、薄暮合《うすくれあい》の山の凄《すご》さ。……天秤かついだ己《うぬ》が形《なり》が、何でございますかね、天狗様の下男が清水を汲みに山一つ彼方《あなた》へといった体《てい》で、我ながら、余り世間離れがした心細さに、
(ほっ、)
と云ったが、声も、ふやける。肩をかえて性根だめしに、そこで一つ……
(鋳掛――錠前の直し。)――
何と――旦那。」
九
「……時に――雪の松明《たいまつ》が二|把《わ》。前後《あとさき》に次第に高くなって、白い梟《ふくろ》、化梟、蔦葛《つたかずら》が鳥の毛に見えます、その石段を攀《よ》じるのは、まるで幻影《まぼろし》の女体が捧げて、頂の松、電信柱へ、竜燈が上《あが》るんでございました。
上り果てた時分には、もう降っている
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