うなので、こっちは里心が着きました。建場《たてば》々々で飲酒《や》りますから、滅多に持出した事のない仕込の片餉《かたげ》、油揚《あぶらげ》の煮染《にしめ》に沢庵というのを、もくもくと頬張りはじめた。
 お道さんが手拭を畳んでちょっと帯に挟んだ、茶汲女《ちゃくみおんな》という姿で、湯呑を片手に、半身で立って私《わっし》の方を視《み》ましたがね。

(旦那様《だんなさん》……あの、鋳掛屋さんが、お弁当を使いますので、お茶を御馳走《ごちそう》いたしました。……お盆がなくて手で失礼でございます。)
 と湯気の上る処を、卓子の上へ置くんでございますがね、加賀の赤絵の金々たるものなれども、ねえ、湯呑は嬉しい心意気だ。
(何、鋳掛屋。)
 と、何だか、気を打ったように言って、先生、扁平《ひらた》い肩で捻《ね》じて、私《わっし》の方を覗《のぞ》きましたが、
(やあ、御馳走はありますか。)
 とかすれ笑いをしなさるんだ。
(へッ、へッ。)と、先はお役人様でがさ、お世辞|笑《わらい》をしたばかりで、こちらも肩で捻向く面《つら》だ、道陸神《どうろくじん》の首を着換《つけか》えたという形だてね。
(旨い。)

前へ 次へ
全79ページ中53ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング