し、大事にそれを持っていて、……出来るだけ我慢はしますけれども、どうしても開けたくってならなくなりました時に、生命《いのち》にかえても、開けて見とうございますから。)――
 晩の泊《とまり》はどこだって聞きますから、向うの峰の日脚を仰向《あおむ》いて、下の温泉だと云いますとね、双葉屋の女中だと、ここで姉さんが名を言って、お世話しましょうと、きつい発奮《はずみ》さ。
 御旅館などは勿体ねえ、こちとら式がと木賃がると、今頃はからあきで、人気《ひとけ》がなくって寂しいくらい。でも、お一方――一昨日《おととい》から、上州高崎の方だそうだけれど、東京にも少《すくな》かろう、品のいい美しい、お嬢さんだか、夫人《おくさま》だか、少《わか》い方がお一方……」
「お一方?」
 と、うっかり訊《き》いて私は膝を堅うした。――小村さんも同じ思いは疑いない。――あの時、その窈窕たる御寮が、汽車を棄てたのは、かしこで、その高崎であった。
「さようで。――お一方|御逗留《ごとうりゅう》、おさみしそうなその方にも、いまの立山が聞かせたいと、何となくそのお一方が、もっての外気になるようで、妙に眉のあたりを暗くしました
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