りがた》い。」
「きあ、二階へどうぞ……何《なん》しろ汚いんでございますよ。」
 と、雨もりのような形が動くと、紺の上被《うわっぱり》を着た婦《おんな》になって、ガチリと釣ランプを捻《ひね》って離して、框《かまち》から直ぐの階子段《はしごだん》。
 小村さんが小さな声で、
「何《なん》しろこの体《てい》なんですから。」
「結構ですとも、行暮れました旅の修行者になりましょうね。」
「では、そのおつもりで――さあ、上《あが》りましょう。」
 と勢《いきおい》よく、下駄を踏違えるトタンに、
「あっ、」と言った。
 きゃんきゃんきゃん、クイ、キュウと息を引いて、きゃんきゃんきゃん、クイ、クウン、きゅうと鳴く。
 見事に小狗《こいぬ》を踏《ふみ》つけた。小村さんは狼狽《うろた》えながら、穴を覗《のぞ》くように土間を透かして、
「御免よ……御免よ……仕方がない、御免なさいよ。」
 で、遁《に》げないばかりに階子《はしご》を上《あが》ると、続いた私も、一所にぐらぐらと揺れるのに、両手を壇の端《はじ》にしっかり縋《すが》った。二階から女房が、
「お気をつけなさいましよ……お頭《つむ》をどうぞ……お危う
前へ 次へ
全79ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング