ても、雪を持った向風《むかいかぜ》にゃ、傘も洋傘《こうもり》も持切れますめえ、被《かぶ》りもしないで、湯女《ゆな》と同じ竹の子笠を胸へ取って、襟を伏せて、俯向《うつむ》いて行《ゆ》きます。……袖の下には、お位牌《いはい》を抱いて葬礼《ともらい》の施主《せしゅ》に立ったようで、こう[#「こう」は底本では「かう」]正しく端然《しゃん》とした処は、視《み》る目に、神々しゅうございます。何となく容子《ようす》が四辺《あたり》を沈めて、陰気だけれど、気高いんでございますよ。
同じ人間もな……鑄掛屋を一人土間で飲《あお》らして、納戸の炬燵《こたつ》に潜込んだ、一ぜん飯の婆々《ばば》媽々《かか》などと言う徒《てあい》は、お道さんの(今晩は。)にただ、(ふわ、)と言ったきりだ。顔も出さねえ。その(ふわ、)がね、何の事アねえ、鼠の穴から古綿が千断《ちぎ》れて出たようだ。」
「ちと耳が疼《いた》いだな。」
と饂飩屋の女房が口を入れた、――女房は鋳掛屋の話に引かれて、二階の座に加わっていたのである。
「そのかわり大まかなものだよ。店の客人が、飲さしの二合|壜《びん》と、もう一本、棚より引攫《ひっさら》って、こいつを、丼へ突込《つッこ》んで、しばらくして、婦人《おんな》たちのあとを追ってぶらりと出て行くのに、何とも言わねえ。山は深い、旦那方のおっしゃる、それ、何とかって、山中暦日なしじゃあねえ、狼温泉なんざ、いつもお正月で、人間がめでてえね。」
「ははあ。」
「成程。」
私たちは、そんな事は徒《あだ》に聞いて、さきを急いだ。
「荷はどうしたよ。」
と女房が笑って言った。
「ほい忘れた。いや、忘れたんじゃあねえ、一ぜん飯に置放《おきッぱな》しよ。」
「それ見たか、あんな三味線だって、壜詰《びんづめ》二升ぐらいな値はあるでござんさあ、なあ、旦那方。」
「うむ、まったくな。」
と藤助は額を圧《おさ》えて、
「おめでてえのはこっちだっけ、はッはッはッ。」
四
「さて旦那方、洒落《しゃれ》や串戯《じょうだん》じゃあねえんでございます。……御覧の通り人間の中の変な蕈《きのこ》のような、こんな野郎にも、不思議なまわり合せで、その婦《おんな》たちのあとを尾《つ》けて行《ゆ》かなけりゃならねえ一役ついていたのでございましてね。……乗掛《のりかか》った船だ。鬱陶《うっとう》しくもお聞きなせえ。」
すっとこ被《かぶ》りで、
襟を敲《たた》いて、
「どんつくで出ましたわ……見えがくれに行《ゆ》く段取だから、急ぐにゃ当らねえ。別して先方《さき》は足弱だ。はてな、ここらに色鳥の小鳥の空蝉《うつせみ》、鴛鴦《おしどり》の亡骸《なきがら》と言うのが有ったっけと、酒の勢《いきおい》、雪なんざ苦にならねえが、赤い鼻尖《はなさき》を、頬被《ほおかぶり》から突出して、へっぴり腰で嗅《か》ぐ工合は、夜興引《よこひき》の爺《じじい》が穴一のばら銭《ぜに》を探すようだ。余計な事でございますがね――性《しょう》が知れちゃいましても、何だか、婦《おんな》の二人の姿が、鴛鴦の魂がスッと抜出したようでなりませんや。この辺だっけと、今度は、雪まじりに鳥の羽より焼屑《やけくず》が堆《うずたか》い処を見着けて、お手向《たむけ》にね、壜《びん》の口からお酒を一雫《ひとしずく》と思いましたが、待てよと私《わっし》あ考えた、正覚坊じゃアあるめえし、鴛鴦が酒を飲むやら、飲ねえやら。いっその事だと、手前の口へね、喇叭《らつぱ》と遣《や》った……こうすりゃ鳥の精がめしあがると同じ事だと……何しろ腹ン中は鴛鷲で一杯でございました。」
女房が肥《ふと》った膝で、畳に当って、
「藤助さんよ。」
「ああ。」
「酒の話じゃあないじゃあないかね、ねえ、旦那方。」
「何しろ、そこで。」
と、促せば、
「と二人はもう雑木林の崖に添って、上りを山路《やまみち》に懸《かか》っています。白い中を、ふつふつと、真紅《まっか》な鳥のたつように、向うへ行《ゆ》く。……一軒、家だか、穴だか知れねえ、えた、非人の住んでいそうな、引傾《ひっかし》いだ小屋に、筵《むしろ》を二枚ぶら下げて、こいつが戸になる……横の羽目に、半分ちぎれた浪花節《なにわぶし》の比羅《びら》がめらめらと動いているのがありました、それが宿《しゅく》はずれで、もう山になります。峠を越すまで、当分のうち家らしいものはございませんや。
水の音が聞えます。ちょろちょろ水が、青いように冷く走る。山清水の小流《こながれ》のへりについてあとを慕いながら、いい程合で、透かして見ると、坂も大分急になった石※[#「石+鬼」、第4水準2−82−48]道《いしころみち》で、誰がどっちのを解いたか、扱帯《しごき》をな、一条《ひとすじ》、湯女《ゆな》の手から後《うしろ》に取
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