お詫《わび》は、あの世から……)
最後の言葉でございました。」
「お道さんが銀杏返《いちょうがえし》の針を抜いて、あの、片袖を、死骸の袖に縫つけました。
その間、膝にのせて、胸に抱いて、若旦那が、お縫さんの、柔かに投げた腕《かいな》を撫で、撫で、
(この、清い、雪のような手を見て下さい。私の偏執と自我と自尊と嫉妬のために、詮《せん》ずるに烈《はげ》しい恋のために、――三年の間、夜《よ》に、日に、短銃《ピストル》を持たせられた、血を絞り、肉を刻み、骨を砂利にするような拷掠《ごうりゃく》に、よくもこの手が、鉄にも鉛にもなりませんでした。ああ、全く魔のごとき残虐にも、美しいものは滅びません。私は慚愧《ざんき》します。しかし、貴下《あなた》と縫子とで、どんなにもお話合のつきますように、私に三日先立って、縫子をこちらによこしました、それに、あからさまに名を云って、わざと電報を打ちました。……貴下《あなた》を当電信局員と存じましていたした事です。とにかく私の心も、身の果《はて》も、やがて、お分りになりましょう。)
と、いいいい、地蔵様の前へ、男が二人で密《そっ》と舁《かつ》ぐと、お道さんが、笠を伏せて、その上に帯を解いて、畳んで枕にさせました。
私《わっし》も十本の指を、額に堅く組んで頂いて拝んだ。
そこらの木の葉を、やたらに火鉢にくべながら……
(失礼、支度をいたしますから。)
若旦那がするすると松の樹の処へ行《ゆ》きます。
そこで内証で涙を払うのかと偲うと、肩に一揺《ひとゆす》り、ゆすぶりをくれるや否や、切立《きったて》の崖の下は、剣《つるぎ》を植えた巌《いわ》の底へ、真逆様《まっさかさま》。霧の海へ、薄ぐろく、影が残って消えません。
――旦那方。
先生を御覧なせえ、いきなりうしろからお道さんの口へ猿轡《さるぐつわ》を嵌《は》めましたぜ。――一人は放さぬ、一所に死のうと悶《もだ》えたからで。――それをね、天幕《テント》の中へ抱入れて、電信事務の卓子《テエブル》に向けて、椅子にのせて、手は結《ゆわ》えずに、腰も胸も兵児帯でぐるぐる巻だ。
(時夫の来るまで……)
そう言って、石段へずッと行《ゆ》く。
私《わっし》は下口《おりくち》まで追掛《おっか》けたが、どうして可《い》いか、途方にくれてくるくる廻った。
お道さんが、さんばら髪に肩を振って、身悶えする
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