のが止《や》みましたっけ。根雪に残るのじゃあございません、ほんの前触れで、一きよめ白くしましたので、ぼっとほの白く、薄鼠に、梟の頂が暗夜《やみ》に浮いて見えました。
苦しい時ばかりじゃあねえ。こんな時も神頼み、で、私《わっし》は崖縁《がけぶち》をひょいと横へ切れて、のしこと地蔵様の背後《うしろ》に蹲《しゃが》み込んで覗《のぞ》いたんで。石像のお袈裟《けさ》の前へは、真白《まっしろ》に吹掛けましたが、うしろは苔《こけ》のお法衣《ころも》のまま真黒《まっくろ》で、お顔が青うございましたよ。
大方いまの雪のために、先生も、客人も、天幕に引籠《ひきこも》ったんでございましょう。卓子《テエブル》ばかりで影もない。野天のその卓子が、雪で、それ大理石。――立派やかなお座敷にも似合わねえ、安火鉢の曲《ゆが》んだやつが転がるように出ていました。
その火鉢へ、二人が炬火《たいまつ》をさし込みましたわ。一ふさり臥《ふさ》って、柱のように根を持って、赫《かっ》と燃えます。その灯《あかり》で、早や出端《でばな》に立って出かかった先生方、左右の形は、天幕がそのままの巌石《がんせき》で、言わねえ事じゃあねえ、青くまた朱に刻みつけた、怪しい山神《さんじん》に、そっくりだね。
ツツとあとへ引いて、若い紳士《だんな》が、卓子に、さきの席を取って、高島田の天人を、
(縫子さん。)
と呼びました。
御婦人が、髪の吹流《ふきながし》を取った、気高い顔は、松明の火に活々《いきいき》と、その手拭で、お召のコオトの雪を払っていなすったけ、揺れて山茶花《さざんか》が散るようだ。
(立野さんに御挨拶をなさい。)
(唯今。)
と静《しずか》に言って、例の背後《せなか》に掛けた竹の子笠を、紐を解いて、取りましたが、吹添って、風はあるのに、気で鎮めたかして、その笠が動きもしません。
卓子の脚に、お道さんのと重ねて置いて、
(貴方《あなた》――御機嫌よう。)
(は。)
と先生は一言云ったきり、顔も上げないで、めり込むように深く卓子の端についた太い腕が震えたが、それより深いのは、若旦那の方の年紀《とし》とも言わない額に刻んだ幾筋かの皺《しわ》で、短く一分刈かと見える頭《つぶり》は、坊さんのようで、福々しく耳の押立《おった》って大《おおき》いのに、引締った口が窪んで、大きく見えるまで、げっそりと頬の肉が落ちてい
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