るすると這上《はいあが》る、蝙蝠《こうもり》か、穴熊のようなのが、衝《つッ》と近く来ると、海軍帽を被《かぶ》ったが、形《なり》は郵便の配達夫――高等二年ぐらいな可愛い顔の少年が、ちゃんと恭《うやうや》しく礼をした。
(ああ、ちょうどいま繋《つなが》った。)
(どうした故障でございますか。)
と切口上で、さも心配をしたらしい。たのもしいじゃあございませんか。
(網掛場《あみかけば》の先の処だ、烏を蛇が捲《ま》いたなりで、電線に引搦《ひっからま》って死んでいたんだよ。烏が引啣《ひきくわ》えて飛ぼうとしたんだろう……可なり大《おおき》な重い蛇だから、飛切れないで鋼線《はりがね》に留った処を、電流で殺されたんだ。ぶら下った奴は、下から波を打って鎌首をもたげたなりに、黒焦《くろこげ》になっていた――君、急いでくれ給え、約四時間延着だ。)
(はっ。)
と云って行《ゆ》くのを、
(ああ、時さん。)
とお道さんは沈んで呼んだ。が、寂しい笑顔を向け直して、
(配達さん――どこへ……)と訊《き》いた。
少年が正しく立停《たちとど》まって、畳んだ用紙を真《まっ》すぐに視《み》て、
(狼温泉――双葉館方……村上縫子……)
(そしてどちらから。)
(ヤホ次郎――行って来ます。)
(そんな事を聞くもんじゃあない。)
(ああ、済みませんでした。)
(何、構わないようなもんじゃあるがね――どっこいしょ。)
がた、がたんと音がする。先生、もう一つの卓子《テエブル》を引立って、猪と取組《とっく》むように勢《いきおい》よく持って出ると、お道さんはわけも知らないなりに、椅子を取って手伝いながら、
(どう遊ばすの。)
と云ううちに、一段下りた草原《くさっぱら》へ据えたんでございますがね、――わけも知らずに手伝った、お道さんの心持を、あとで思うと涙が出ます。」
と肩もげっそりと、藤助は沈んで言った。……
「で、何でございますよ――どう遊ばすのかと、お道さんが言うと、心待、この日暮にはここに客があるかも知れんと、先生が言いますわ。あれ、それじゃこんな野天でなく、と、言おうじゃあございませんか。
(いや、中で間違《まちがい》があるとならんので。)
(え、間違とおっしゃって。)
とお道さんが、ひったり寄った。
(私は、)
と先生は、肘《ひじ》で口の端《はた》を横撫《よこなで》して、
(髯《ひげ》も
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