へ立ったのは、蓑《みの》を着て、竹の子笠を冠《かぶ》っていました。……端折った片褄《かたづま》の友染《ゆうぜん》が、藁《わら》の裙《すそ》に優しくこぼれる、稲束《いなたば》の根に嫁菜が咲いたといった形。ふっさりとした銀杏返《いちょうがえし》が耳許《みみもと》へばらりと乱れて、道具は少し大きゅうがすが、背がすらりとしているから、その眉毛の濃いのも、よく釣合って、抜けるほど色が白い、ちと大柄ではありますが、いかにも体つきの嫋娜《しなやか》な婦《おんな》で、
(今晩は。)
と、通掛《とおりかか》りに、めし屋へ声を掛けて行《ゆ》きました。が、※[#「火+發」、174−5]《ぱっ》と燃えてる松明《たいまつ》の火で、おくれ毛へ、こう、雪の散るのが、白い、その頬を殺《そ》ぐようで、鮮麗《あざやか》に見えて、いたいたしい。
いたいたしいと言えば、それがね、素足に上草履《うわぞうり》。あの、旅店《やどや》で廊下を穿《は》かせる赤い端緒《はなお》の立ったやつで――しっとりとちと沈んだくらい落着いた婦《おんな》なんだが、実際その、心も空になるほど気の揉《も》めるわけがあって――思い掛けず降出した雪に、足駄でなし、草鞋《わらじ》でなし、中ぶらりに右のつッかけ穿《ばき》で、ストンと落ちるように、旅館から、上草履で出たと見えます。……その癖、一生の晴着というので、母《おっか》さん譲りの裙模様、紋着《もんつき》なんか着ていました。
お話をしますうちに、仔細《しさい》は追々おわかりになりますが――これが何でさ、双葉屋と言って、土地での、まず一等旅館の女中で、お道さんと言う別嬪《べっぴん》、以前で申せば湯女《ゆな》なんだ。
いや、湯女《ゆな》に見惚《みと》れていて、肝心の御婦人が後《おく》れました。もう一人の方は、山茶花《さざんか》と小菊の花の飛模様のコオトを着て、白地の手拭《てぬぐい》を吹流しの……妙な拵《こしらえ》だと思えば……道理こそ、降りかゝる雪を厭《いと》ったも。お前さん、いま結立《ゆいた》てと見える高島田の水の滴《た》りそうなのに、対に照った鼈甲《べっこう》の花笄《はなこうがい》、花櫛《はなぐし》――この拵《こしらえ》じゃあ、白襟に相違ねえ。お化粧も濃く、紅もさしたが、なぜか顔の色が透き通りそうに血が澄んで、品のいいのが寂しく見えます。華奢《きゃしゃ》な事は、吹つけるほどではなく
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