のあたりで頻《しきり》に礫《つぶて》を打《う》つやうな音《おと》がしたが、ぐる/\渦《うづ》を卷《ま》いちやあ屋根《やね》の上《うへ》を何十《なんじふ》ともない礫《つぶて》がひよい/\駈《か》けて歩行《ある》く樣《やう》だつた。をかしいから、俺《おれ》は門《もん》の處《ところ》に立《た》つて氣《き》を取《と》られて居《ゐ》たが、變《へん》だなあ、うむ、外《そと》は良《い》い月夜《つきよ》で、蟲《むし》の這《は》ふのが見《み》えるやうだぜ、恐《おそろ》しく寒《さむ》いぢやあないか、と折《をり》から歸《かへ》つて來《き》た教師《けうし》はいつたのである。
幸《さいは》ひ美少年録《びせうねんろく》も見着《みつ》からず、教師《けうし》は細君《さいくん》を連《つ》れて別室《べつしつ》に去《さ》り、音《おと》も其《それ》ツ切《きり》聞《きこ》えずに濟《す》んだ。
夜《よ》が明《あ》けると、多勢《おほぜい》の通學生《つうがくせい》をつかまへて、山田《やまだ》が其《その》吹聽《ふいちやう》といつたらない。鵺《ぬえ》が來《き》て池《いけ》で行水《ぎやうずゐ》を使《つか》つたほどに、事《こと》大袈裟《おほげさ》に立到《たちいた》る。
其奴《そいつ》引捕《ひつとら》へて呉《く》れようと、海陸軍《かいりくぐん》を志願《しぐわん》で、クライブ傳《でん》、三角術《さんかくじゆつ》などを講《かう》じて居《ゐ》る連中《れんぢう》が、鐵骨《てつこつ》の扇《あふぎ》、短刀《たんたう》などを持參《ぢさん》で夜更《よふけ》まで詰懸《つめかけ》る、近所《きんじよ》の仕出屋《しだしや》から自辨《じべん》で兵糧《ひやうらう》を取寄《とりよ》せる、百目蝋燭《ひやくめらふそく》を買入《かひい》れるといふ騷動《さうどう》。
四五日《しごにち》經《た》つた、が豪傑連《がうけつれん》何《なん》の仕出《しだ》したこともなく、無事《ぶじ》にあそんで靜《しづ》まつて了《しま》つた。
扨《さて》其黄昏《そのたそがれ》は、少《すこ》し風《かぜ》の心持《こゝろもち》、私《わたし》は熱《ねつ》が出《で》て惡寒《さむけ》がしたから掻卷《かいまき》にくるまつて、轉寢《うたゝね》の内《うち》も心《こゝろ》が置《お》かれる小説《せうせつ》の搜索《さうさく》をされまいため、貸本《かしほん》を藏《かく》してある件《くだん》の押入《おしいれ》に附着《くツつ》いて寢《ね》た。眠《ねむ》くはないので、ぱちくり/\目《め》を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《あ》いて居《ゐ》ても、物《もの》は幻《まぼろし》に見《み》える樣《やう》になつて、天井《てんじやう》も壁《かべ》も卓子《テエブル》の脚《あし》も段々《だん/\》消《き》えて行《ゆ》く心細《こゝろぼそ》さ。
塾《じゆく》の山田《やまだ》は、湯《ゆ》に行《い》つて、教場《けうぢやう》にも二階《にかい》にも誰《たれ》も居《を》らず、物音《ものおと》もしなかつた。枕頭《まくらもと》へ……ばたばたといふ跫音《あしおと》、ものの近寄《ちかよ》る氣勢《けはひ》がする。
枕《まくら》をかへして、頭《つむり》を上《あ》げた、が誰《たれ》も來《き》たのではなかつた。
しばらくすると、再《ふたゝ》び、しと/\しと/\と摺足《すりあし》の輕《かる》い、譬《たと》へば身體《からだ》の無《な》いものが、踵《きびす》ばかり疊《たゝみ》を踏《ふ》んで來《く》るかと思《おも》ひ取《と》られた。また顏《かほ》を上《あ》げると何《なん》にも居《を》らない。其時《そのとき》は前《まへ》より天窓《あたま》が重《おも》かつた、顏《かほ》を上《あ》げるが物憂《ものう》かつた。
繰返《くりかへ》して三度《さんど》、また跫音《あしおと》がしたが、其時《そのとき》は枕《まくら》が上《あが》らなかつた。室内《しつない》の空氣《くうき》は唯《たゞ》彌《いや》が上《うへ》に蔽重《おほひかさな》つて、おのづと重量《ぢうりやう》が出來《でき》て壓《おさ》へつけるやうな!
鼻《はな》も口《くち》も切《せつな》さに堪《た》へられず、手《て》をもがいて空《くう》を拂《はら》ひながら呼吸《いき》も絶《た》え/″\に身《み》を起《おこ》した、足《あし》が立《た》つと、思《おも》はずよろめいて向《むか》うの襖《ふすま》へぶつかつたのである。
其《その》まゝ押開《おしあ》けると、襖《ふすま》は開《あ》いたが何《なん》となくたてつけに粘氣《ねばりけ》があるやうに思《おも》つた。此處《こゝ》では風《かぜ》が涼《すゞ》しからうと、其《それ》を頼《たのみ》に恁《か》うして次《つぎ》の室《ま》へ出《で》たのだが矢張《やつぱり》蒸暑《むしあつ》い、押覆《おつかぶ》さつたやうで呼吸苦《いきぐる》しい。
最《も》う一《
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