に行《ゆ》くと言う。それも旅の衆の愛嬌《あいきょう》じゃ言うて、豪《えら》い評判の好《い》い旅籠屋ですがな、……お前様、この土地はまだ何も知りなさらんかい。」
「あい、昨夜《ゆうべ》初めてこっちへ流込んで来たばかりさ。一向方角も何も分らない。月夜も闇《やみ》の烏さね。」
と俯向《うつむ》いて、一口。
「どれ延びない内、底を一つ温めよう、遣《や》ったり! ほっ、」
と言って、目を擦《こす》って面《おもて》を背けた。
「利く、利く。……恐しい利く唐辛子だ。こう、親方の前だがね、ついこないだもこの手を食ったよ、料簡《りょうけん》が悪いのさ。何、上方筋の唐辛子だ、鬼灯《ほおづき》の皮が精々だろう。利くものか、と高を括《くく》って、お銭《あし》は要らない薬味なり、どしこと丼へぶちまけて、松坂で飛上った。……また遣ったさ、色気は無えね、涙と涎《よだれ》が一時《いっとき》だ。」と手の甲で引擦《ひっこす》る。
女房が銚子のかわり目を、ト掌《てのひら》で燗《かん》を当った。
「お師匠さん、あんたは東の方《かた》ですなあ。」
「そうさ、生《うまれ》は東だが、身上《しんしょう》は北山さね。」と言う時、
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