私《わっし》あ若気だ、襟巻で顔を隠して、睨《にら》むように二人を見たのよ、ね。
 宿の藤屋へ着いてからも、わざと、叔父を一人で湯へ遣り……女中にもちょっと聞く。……挨拶《あいさつ》に出た番頭にも、按摩の惣市、宗山と云う、これこれした芸人が居るか、と聞くと、誰の返事も同じ事。思ったよりは高名で、現に、この頃も藤屋に泊った、何某侯《なにがしこう》の御隠居の御召に因って、上下《かみしも》で座敷を勤《し》た時、(さてもな、鼓ヶ嶽が近いせいか、これほどの松風は、東京でも聞けぬ、)と御賞美。
(的等《てきら》にも聞かせたい。)と宗山が言われます、とちょろりと饒舌《しゃべ》った。私《わっし》が夥間《なかま》を――(的等。)と言う。
 的等の一人《いちにん》、かく言う私だ……」

       十三

「なお聞けば、古市のはずれに、その惣市、小料理屋の店をして、妾《めかけ》の三人もある、大した勢《いきおい》だ、と言うだろう。――何を!……按摩の分際で、宗家の、宗の字、この道の、本山が凄《すさま》じい。
 こう、按摩さん、舞台の差《さし》は堪忍《かに》してくんな。」
 と、竊《そっ》と痛そうに胸を圧《おさ》えた。
「後で、よく気がつけば、信州のお百姓は、東京の芝居なんぞ、ほんとの猪《しし》はないとて威張る。……な、宮重大根が日本一なら、蕪《かぶ》の千枚漬も皇国無双で、早く言えば、この桑名の、焼蛤も三都無類さ。
 その気で居れば可いものを、二十四の前厄なり、若気の一図《いちず》に苛々《いらいら》して、第一その宗山が気に入らない。(的等。)もぐっと癪《しゃく》に障れば、妾三人で赫《かっ》とした。
 維新以来の世がわりに、……一時《ひとしきり》私等の稼業がすたれて、夥間《なかま》が食うに困ったと思え。弓矢取っては一万石、大名株の芸人が、イヤ楊枝《ようじ》を削る、かるめら焼を露店で売る。……蕎麦屋《そばや》の出前持になるのもあり、現在私がその小父者《おじご》などは、田舎の役場に小使いをして、濁り酒のかすに酔って、田圃《たんぼ》の畝《あぜ》に寝たもんです。……
 その妹だね、可いかい、私の阿母《おふくろ》が、振袖の年頃を、困る処へ附込んで、小金《こがね》を溜めた按摩めが、ちとばかりの貸を枷《かせ》に、妾にしよう、と追い廻わす。――危《あぶな》く駒下駄を踏返して、駕籠《かご》でなくっちゃ見なかっ
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