八にはぐれて、一人旅のとぼとぼと、棚からぶら下った宿屋を尋ねあぐんで、泣きそうになったとあるです。ところで其許は、道中松並木で出来た道づれの格だ。その道づれと、何《な》んと一口|遣《や》ろうではないか、ええ、捻平《ねじべい》さん。」
「また、言うわ。」
 と苦い顔を渋くした、同伴《つれ》の老人は、まだ、その上を四つ五つで、やがて七十《ななそじ》なるべし。臘虎《らっこ》皮の鍔《つば》なし古帽子を、白い眉尖《まゆさき》深々と被《かぶ》って、鼠の羅紗《らしゃ》の道行《みちゆき》着た、股引《ももひき》を太く白足袋の雪駄穿《せったばき》。色|褪《あ》せた鬱金《うこん》の風呂敷、真中《まんなか》を紐で結《ゆわ》えた包を、西行背負《さいぎょうじょい》に胸で結んで、これも信玄袋を手に一つ。片手に杖《つえ》は支《つ》いたけれども、足腰はしゃんとした、人柄の可《い》いお爺様《じいさま》。
「その捻平は止《よ》しにさっしゃい、人聞きが悪うてならん。道づれは可《よ》けれども、道中松並木で出来たと言うで、何とやら、その、私《わし》が護摩《ごま》の灰ででもあるように聞えるじゃ。」と杖を一つとんと支くと、後《あと》の雁《がん》が前《さき》になって、改札口を早々《さっさ》と出る。
 わざと一足|後《うしろ》へ開いて、隠居が意見に急ぐような、連《つれ》の後姿をじろりと見ながら、
「それ、そこがそれ捻平さね。松並木で出来たと云って、何もごまのはいには限るまい。もっとも若い内は遣ったかも知れんてな。ははは、」
 人も無げに笑う手から、引手繰《ひったく》るように切符を取られて、はっと駅夫の顔を見て、きょとんと生真面目《きまじめ》。
 成程、この小父者《おじご》が改札口を出た殿《しんがり》で、何をふらふら道草したか、汽車はもう遠くの方で、名物焼蛤の白い煙を、夢のように月下に吐いて、真蒼《まっさお》な野路を光って通る。……
「やがてここを立出《たちい》で辿《たど》り行《ゆ》くほどに、旅人の唄うを聞けば、」
 と小父者、出た処で、けろりとしてまた口誦《くちずさ》んで、
「捻平さん、可《い》い文句だ、これさ。……
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時雨蛤《しぐれはまぐり》みやげにさんせ
   宮《みや》のおかめが、……ヤレコリャ、よオしよし。」
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「旦那《だんな》、お供はどうで、」
 と停車場《ステ
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